民法における体系的思考の第一歩
-「通則」とは何か
民法の目的
民法の目的は,世の中に生起する民事事件(紛争の目的が,加害者に刑罰を与えるかどうかが争われる事件ではなく,紛争の目的が,被害者に救済を与えるべきかどうかが争われる事件)を,「平和的に」(すなわち,力で解決するのではなく,ルールによって),かつ,「合理的に」(すなわち,吹っかけ合いに続く妥協の産物ではなく,合理的な根拠に基づく当事者双方の納得によって)解決するために,紛争解決の一般基準(民法体系)をすべての市民に与えることです。
そのような平和的な紛争解決の一般基準(民法体系)に従って紛争を解決することが,なぜ望ましいかというと,そのことを通じて,民法の究極の目的としてわたくしたちがが希求すべき,「公共の福祉」と「個人の尊厳と両性の本質的平等」(憲法第13条,第24条)とを同時に実現することができるからです。
民法第1条と第2条との関係
民法第1条は,公共の福祉を実現するために,私権の公共の福祉への適合性(第1条第1項),契約自由の信義則による制限(第1条第2項),権利の濫用の禁止(第1条第3項)というように,私権を制限する方向で規定を行っています。
これに対して,民法2条は,第1条を前提としつつも,私権が市民に与えられる目的が,個人の尊厳と両性の本質的平等を実現するためであることを明らかにしています。
このように,民法第1条と第2条とは,お互いに補い合って,公共の福祉,および,個人の尊厳と両性の本質的平等とを同時に実現しようとしています。
民法第1編(総則)第1章の「通則」の意味
現行民法(明治29(1986)年法律第89号)が公布されときの民法第1条は,「私権の享有ハ出生に始マル」でした。この規定は,現在は,民法第3条第1項に移されていますが,これが,立法当初の民法の最初の条文でした。
ここでのタイトルである「第1章 通則」という章立て自体は,民法の立法当初はもちろんのこと,1947年の民法大改正を経た後にも,実は,存在しなかったのです。
「第1章 通則」という章立ては,2004年(平成16年)12月1日に公布され,2005年(平成17年)4月1日に施行された「民法の現代語化」の際に,現行民法に追加されたものです。このように,「第1章 通則」の章立て自体は,2004年の現代語化以降の産物なのです。
ただし,そに含まれる条文である,民法第1条第1項(私権の公共の福祉適合性),第2項(信義則),第3項(権利濫用の禁止)と,第2条(個人の尊厳,両性の本質的平等)は,それ以前の昭和22(1947)年の民法大改正(主として民法第四編第五編(親族・相続編)の大改正の際に追加されたものですので,民法に追加された条文としては,最も長い歴史を有しています。
一般的な意味での通則とは何か
ところで,民法第1編(総則)第1章のタイトルである「通則」とは,どのような意味なのでしょうか。
結論を先取りして述べると,「通則」とは,メタ規範,すなわち,上位規範という意味です。
通則という用語が用いられている典型的な例としては,「通則法」(正式名は,「法の適用に関する通則法」)があり,その規定の特色を理解すると,「通則」の意味が明らかになります。
通則法は,その第2条で,法律の効力の発生時期について,以下のように定めています。
すべての法律の効力は,公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。
この法律は,すべての法律について,その効力を規定している(法律は国会の議決を経ても,その段階では,原則として,効力を有せず,施行の時から効力を生じる)のであるから,すべての法律の上位法,すなわち,メタ法律なのです。
また,通則法第3条は,すべての慣習法とすべての制定法との関係について,以下のように定めています。
公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は,法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り,法律と同一の効力を有する。
さらに,通則法,第4条以下で,準拠法に関する通則(国際私法)を定めています。
国際私法がなぜ,通則法に納められているかというと,国際私法とは,国際結婚・離婚とか,国際取引とかの国際事件について,その事件について,日本法を適用すべきか,それとも,外国法を適用すべきか,もしも,外国法を適用するとすると,どこの国の法律を適用するかを定めているからです(国内の民事事件であれば,民法が適用されますが,渉外事件の場合には,通常なら適用される民法の規定が,外国法の適用が優先されることによって,効力を生じないことがあります)。
このようにすべての法律(第4条以下については,すべての外国法が含まれます)について,外国法を適用すべきか,日本法を適用すべきかという,個々の法律を超えて,適用すべき法律を決定する上位法(メタ法)は,通則法と呼ばれるのです。
民法第1編(総則)第1章(通則)の意味
民法第1編は総則であり,総則は,各則の上位規範です。そして,その総則を含めて,民法のすべての条文の上位に君臨するのが,第1章の通則として位置づけられている民法第1条(基本原則)と民法第2条(解釈の基準)です。
憲法が法律の上に位置する上位規範であることは,憲法第10章(最高法規)の第98条において,以下のように宣言していることからも明らかです。
①この憲法は,国の最高法規であつて,その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。
なお,わが国において,法律(約2,000件弱),政令(約2,000件強),府令・政令(約4,000件弱),規則(約300件強)が,正確に何件存在するのかについての最新情報を知りたければ,総務省の「法令提供システム」の「お知らせ」 のページを参照するとよいと思います。
憲法がすべての法律の上位規範であるように,民法においても,民法総則の最初に位置する「通則」の規定は,民法のすべての規定の「ただし書き」であるかのように,民法のすべての規定に対して,その効力を制限したり,解釈の基準を示す働きをしています。
たとえば,契約自由の原則は,民法91条(任意規定と異なる意思表示),民法420条(賠償額の予定)によって,当然に認められており(いわゆる「もちろん解釈」),2015年に国会に提出された,民法改正案第521条(契約の締結及び内容の自由)では,以下のように,「契約自由の原則」が明文で規定されることになります。
民法改正案(2015)
第521条(契約の締結及び内容の自由)
①何人も,法令に特別の定めがある場合を除き,契約をするかどうかを自由に決定することができる。
②契約の当事者は,法令の制限内において,契約の内容を自由に決定することができる。
しかし,このような民法の基本的な考え方とか条文案も,民法1条,2条の「通則」によって,制限を受けます。
その意味で,第1条,および,第2条は,民法のすべての規定の上位規定(メタ規定)という意味で,「通則」と名づけられているのです。
民法以外における「通則」規定の意味と課題
参考までに,商法も,第1編(総則)の第1章は,通則とされています。第1条第2項は,以下のように規定されています。
商事に関し,この法律に定めがない事項については商慣習に従い,商慣習がないときは,民法 (明治29年法律第89号)の定めるところによる。
この規定は,ある事案について,民法の適用と商法の適用が問題となったときには,特別法である商法が一般法である民法に優先して適用されることを宣言したものです。本来は,自らの法が適用されるか,その他の法律が適用されるかを定めるのは,自らが決めることはできないはずです。このような場合こそ,通則法が定めるべき事項なのです。
商法が通則法の代わりに,通則法の役割を果たすことになったのは,わが国おいて,近代法が制定され始めた頃の混乱から,たまたま商法の内部に法例の規定が入り込んでしまったという歴史的な経緯によるものです。
したがって,現代においては,商法第1編(総則)第1章(通則)のうちの第1条,刑法第1編(総則)第1章(通則)の1条~8条の国内犯・国外犯の規定は,法の体系という観点からは,それぞれの個別の法典で規定するのではなく,通則法に移すのが適切であると思われます。
民法第2条と憲法13条,憲法24条との関係
民法第2条が,民法が実現すべき目的として掲げている「個人の尊厳と両性の本質的平等」は,憲法では,第13条と第24条とで以下のように規定されています。
憲法第13条【個人の尊厳,幸福追求権,公共の福祉】
すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
憲法第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等】
①婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
②配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。
特に,憲法第24条第2項のうちの「家族に関する…の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」という部分こそが,民法第2条が規定された理由です。
民法1条1項と憲法29条2項との関係は,美しい相聞歌にたとえることができます。憲法29条2項の要請を民法1条1項がしっかりと受け止めているからです。
このスタイルが踏襲されるのであれば,民法2条は,憲法24条2項の要請を受け入れて,以下のように規定されるべきであったと思われるというのが,私の見解です。
民法第2条の理想的な条文(改革案)
①この法律の目的は,個人の尊厳と両性の本質的平等を実現することにある。
②この法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として,解釈されなければならない。
しかし,現状では,民法第2条は,理想的な第2条のうちの第2項のみを規定した形となっています。その原因は,民法の家族編には,いまだに,男女の本質的な平等に反する規定が以下のように,数多く残されているからです。
第731条(婚姻適齢)
男は,18歳に,女は,16歳にならなければ,婚姻をすることができない。
第733条(再婚禁止期間)
①女は,前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ,再婚をすることができない。
②女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。
第750条(夫婦の氏)(実質的な男女不平等:9割の女が夫の氏を称している)
夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。
第762条(夫婦間における財産の帰属)(実質的な男女不平等:主要な財産が夫の単独名義となっていることが圧倒的に多い)
①夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は,その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
②夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は,その共有に属するものと推定する。
第774条(嫡出の否認)
第772条〔嫡出の推定〕の場合において,夫は,子が嫡出であることを否認することができる。
第775条(嫡出否認の訴え)
前条の規定による否認権は,子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは,家庭裁判所は,特別代理人を選任しなければならない。
第776条(嫡出の承認)
夫は,子の出生後において,その嫡出であることを承認したときは,その否認権を失う。
第777条(嫡出否認の訴えの出訴期間1)
嫡出否認の訴えは,夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。
第778条〔嫡出否認の訴えの出訴期間2〕
夫が成年被後見人であるときは,前条の期間は,後見開始の審判の取消しがあった後夫が子の出生を知った時から起算する。
第779条(認知)(判例による男女不平等の解釈の一般化:母子関係は,認知ではなく,分娩の事実による(最高裁昭和37年判決:最二判昭37・4・27民集16巻7号1247頁))
嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができる。
今後の課題
民法2条を理想的な規定に近づけるためには,上記のような民法の男女不平等の規定を改正するとともに,条文上は,男女平等のように見えて,実は,男女不平等を助長している条文,または,判例によって,男女不平等に解釈されている判例を変更することが必要です。
民法の現状に鑑みると,民法の通則は,以下のように,第1項で,私権の積極的な側面である,私権の目的とその実現について規定し,第2項で,私権の公共の福祉,信義則,権利濫用の禁止に基づく,私権の制限について規定すべきではないかと,私は,考えています。
民法第1編 総則 第1章 通則(改正私案)
第1条(私権の目的と実現の方法)
①この法律は,私人間において,個人の尊厳と両性の本質的平等が実現されることを目的とし,その目的を達成するために,個人の自由の権利を保障するとともに,他人に生じる損害を最も少なくするように配慮する義務について規定する。
②この法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として,解釈しなければならない。
第2条(私権の尊重とその制限)
①私権は,個人の尊厳とともに,公共の福祉に適合するように規定されなければならない。
②権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
③権利の濫用は,これを許さない。
民法が対象とする人の社会が進展し,変化していくものである以上,社会規範である民法も,常に,それをよりよいものへと作り変えていかなければなりません。このことを実現するためにも,民法全体の体系的な理解が必要となります。