日本民法典研究支援センターの設立趣旨


■定年を間近に控えて-新たな社会貢献の可能性


kaga2010s私(加賀山茂) は,1972年に大学院(大阪大学大学院法学研究科・民事法学専攻)に入学して以来,40年以上にわたって民法の研究を続けてきました。2017年3月 31日に明治学院大学を定年退職するに際して,これまでの研究成果を社会に還元する方法は何かと考えてみました。

結論を先取りすると,これまでの研究成果を踏まえて,複雑な紛争事案に対して,紛争解決に適した法律の条文(条文の関連判例,関連文献を含む)を発見できる能力(平和的で合理的な紛争解決能力)を市民が獲得できる学習・研究システムをWebページで立ち上げ,学習者・研究者が躓いたときに,すぐに援助できるコミュニケーションの場を WordPressを用いて作成したWebページで提供すればよいことを思いつきました。

■理想的な市民に必要な紛争を平和的に解決する能力

社会に生起する民事紛争を市民が合理的に解決するには,一人ひとりの市民が,裁判官,検察官,弁護士(法曹実務家)と同じレベルで紛争解決案を提示できる能力を身につけていることが理想です。そうすれば,複雑な紛争も,当事者同士で,平和的に解決することができるからです。

■紛争の平和的解決能力を獲得することの困難性

しかし,これまでは,市民が法曹と同レベルの思考方法を身につけることは,不可能であると考えられてきました。なぜなら,法曹になるためには,司法試験に合格するための学習を法学部で少なくとも2年間,法科大学院で2年間,司法研修所での研修を1年間,合計5年間の厳しい学習をして始めて,そのような能力を身につけることができると考えられてきたからです。

私の経験を踏まえても,法学部に入学してから,一人前の民法学者といえるようになるまでには,少なくとも10年間に及ぶ厳しい学習と研究が必要だったのであり,私自身も,すべての市民に短期間で法曹実務家と同等の紛争解決能力を育成することは不可能だと考えていました。

■困難を克服できる好機の到来

しかし,世の中の変化のスピードは著しいものがあります。特に,人工知能(AI)の発展はめざましく,たとえば,ゲームの世界では,人間の知能を超える知能を生み出しつつあります。そして,遠くない将来において,法曹実務家の役割をロボット(裁判官ロボット)が担うようになることも,もはや夢物語ではなくな りつつあります。

裁判官ロボットの知能が法曹実務家の専門知識を超えることがありうるのであれば,その人工知能を構築するための方法論を人間に応用すれば,一般の市民であっても,短期間の学習で,法曹実務家と同じレベルの紛争解決能力を獲得することは,不可能でないと思われます。

むしろ,裁判官ロボットが完成するよりも前に,なるべく多くの市民が,裁判ロボットと同じレベルの知的レベルに到達することが望ましいのではないでしょうか。そうでないと,ロボットによる法の支配に人間が服するという事態が生じかねないからです。

いずれにせよ,人工知能の基本的な考え方を応用するならば,白紙状態のコンピュータが法律人工知能へと進化していくのと同様に,法律の全くの素人であっても,民法の全体像から,個々の条文の使い方にいたるまで学習を進め,最終的には,個々の事例に民法の条文や原理を適用して,紛争の解決案を提言できる能力を身につけることができる方法を開発することが可能となると思われます。

■私の社会的貢献の可能性

幸いなことに,私は,一昔前の法律人工知能,すなわち,「法律エキスパートシステム」の研究・開発の最前線にいたことがあります。そして,その後の人工知能の研究成果を取り入れるならば,市民の紛争解決能力を法曹実務家のレベルにと同等のレベルへと向上させる法学教育方法論を構築することができるのではないかと考えるに至りました。

世界規模,地域規模をとわず,解決困難な問題が山積する現代において,紛争を平和的に,かつ,合理的なルールに基づいて解決できる能力を養うことは,世界中の市民に要求される資質であるといえるでしょう。

したがって,『日本民法典』を作成する過程で生じるさまざまなデータ,および,最新の知見を活用して,素人でも楽しく民法を学習することができ,やがて,民法を自由自在に使いこなせるようになる学習プログラムを開発することは,定年後の社会貢献として,大きな意味を有すると思います。

■平和的な紛争解決能力の育成方法

市民が法曹実務家と同じレベルの紛争解決能力を獲得するためには,そのような意欲を持った学生,市民を対象として,すぐれた学習プログラムと学習上で生じる 疑問について,いつでもどこでも質問ができ,その疑問を解消できる会員制のコミュニケーションツールをWeb上に構築する必要があります。

さまざまな検討の結果,そのようなWebページを作成するためには,WordPressというソフトウェアを利用するのが簡便であるとの結論に至り,ここに,WordPressを利用した,民法学習のための教育・研究コミュニケーション環境を作成することにしました。

現段階では,法律を学習する意味,民法の学習方法など,基本的な記事しか提供できていませんが,『日本民法典』の編集が進むにつれて,最新のデータ,学習方法についての知見が充実してきますので,その成果を踏まえて,民法の各編についての具体的な学習プログラムを開発し,公表して行く予定です。


■目標の実現による有用な副作用


このようなWebページを開設し,それを運用する経験を踏むことは,同時に,教育(特に,法教育,法学教育)の場において,自立した市民を育成するのに役立つという有意な副作用を伴います。

このようなWebページを作成し,運用する経験を基にして,実際に学生にWebサイトを運用することを経験させるならば,学生たちは,社会に出てからも,自分の性格に合ったWebサイトを立ち上げ,必要最小限の収入を得て,自立することが可能になると思われるからです。


■今後の展望


退職まで1年を残した最後の1年間で,学生たちとともに,Webサイトを立ち上げ,Do for others を実現しながら,健康で文化的な最小限の生活を確保できるだけの収入を得る方法を研究し,開発したいと思います。


■インターネットを利用した起業に関する参考文献


  • 一人から始まる起業の精神
    • 鈴木 敏文=勝見 明『働く力を君に』講談社(2016/1/20)
      • みんなが賛成することはたいがい失敗し,みんなが反対することはたいてい成功する。
  •  インターネットを活用した起業
    • クリス・ギレボー(本田直之(訳))『1万円起業-片手間で始めてじゅうぶんな収入を稼ぐ方法』飛鳥新社 (2013/9/11)
    • 中村あきら『東京以外で、1人で年商1億円のネットビジネスをつくる方法』朝日新聞出版 (2014/11/20)
  • WordPressを使ったWebサイトの作り方・運営方法
    • 原久鷹『はじめての簡単WordPress入門 』[決定版]秀和システム (2013/4/22)
    • 石川栄和=大串肇=星野邦敏『いちばんやさしい WordPress の教本-人気講師が教える本格Webサイトの作り方』インプレスジャパン (2013/10/25)
    • 藤本壱『WordPress Web開発 逆引きレシピ』翔泳社(2016/3/14)