法律を学ぶアドバンテージ -法学部生の「売り」は何か?
法学部の最初の授業で,私は,法学部の学生に向かって,以下の質問をすることにしています。
皆さんは,法学部に入学したのですが,法学部で勉強して,就職の面談を迎えたとしましょう。皆さんは,法学部で学んだことを面接担当者にどのようにアピールしますか。他の学部の学生にはない能力を面接担当者にきちんと伝えることができますか。
皆さん,「法学部生の売り」は,何だと思いますか。
こ のように学生に呼びかけると,講義室は,一瞬で,水を打ったように静まり返ります。法学部に入学する学生の動機はさまざまですが,法学部で学ぶとどのよう な能力が身につくのかを,他の学部の学生との比較で説明することができないままに,漫然と授業に出ている学生が多いのが現状です。
そこで,私は,学生に向かって,経済学部や社会学部の卒業生と法学部の卒業生とを比較して,法学部の特色を述べることにしています。
社会に出て,所属する部署で重大な問題が生じたとしましょう。法学部の卒業生ならば,六法全書をめくりながら,「この問題については,出るところに出れば, この条文が適用され,これまでの判例の動向から見て,いくつか点について対策を講じる必要があります」というような発言ができるでしょう。経済学部や社会 学部等の学部の学生では,このようなアドバイスをすることはできません。
確かに,他の学部の学生でも,条文の意味を聞かれる程度のことなら ば,教科書やコンメンタールを見れば,説明をすることは可能でしょう。しかし,「具体的な問題を解決するために,どの条文を使って解決することができるの か」を指摘することはできません。このようなことが指摘できることが,「法学部生の売り」なのです。
このような能力は,総合診療医が,具体的な患者の症状を見て,その病名を的確に判断する能力に似ています。確かに,病名がわかった後に,病状と対処法を述べるのは,困難なことではありません。しかし,症状から病名を判断するには,熟練を要するのです。
NHKで毎週水曜 午後10時25~(再放送 毎週土曜 午前10時05分~)に放映されている病名推理番組『総合診療医ドクターG』 を見てみましょう。この番組では,患者の病状から,病名を解明し,診療方法を確定するまでのプロセスを見せています。研修医の最初の見立ては,全て外れです。総合診療医のアドバイスを受けながら,可能性のある病名を全てチェックし,除外すべきものを除外して,正解にたどり着くことができるのです。
医学とは異なりますが,法律の場合も同じことが言えます。条文について,その意味を述べたり,どのような事例がそれに当てはまるかを述べることは,困難では ありません。しかし,反対に,具体的な事例にどの法律のどの条文が適用されるのかを判断するには熟練を要するのです。したがって,法学部の学生も,学習目標は,その点に集中すべきです。学修計画を立て,地道な学習を重ねることによって,就職活動において,自分の「売り」を以下のように言えるようになりま しょう。
「具体的な問題が生じた場合に,その問題にどの法律のどの条文が適用されるのか,その結果,どのような判決が出るか,その結論が覆るのは,どのような場合かを予測する能力を有します」
このような能力を有していることこそが,他の学部の卒業生にはできない,「法学部の卒業生の売り」なのです。
判例は,法を適用して紛争を平和的に解決してきた記録であり,これを学ぶ法学部の学生は,世界平和に貢献できる
人間は社会的な動物です。社会生活を平和に保つためには,必ずルールとしての法が必要であり,それに従ってこそ,社会の平和が実現できるのです。
どんな人も,たとえ,最高の権力者であっても法に従わなければならない(法の支配)という点で,法学は人類の平和のために貢献することが期待されています。
あらゆる事件に対して法を適用することによって平和的な解決をおこなってきたことを集積してきた判例集は,この意味でも,人類の宝です。しかも,法律にも,また,判例にも,著作権がなく,これらの至宝は,万人に開かれています。
法律学や判例が,人類の文化の発展にどれほど大きな貢献をしているかについては,カイム・ペレルマン 『法律家の論理―新しいレトリック』木鐸社(1986/07/10) を読んでみましょう。法律を学び始めた人には,少々難しい箇所もありますが,少しずつ読み進め,読み終わったときには,きっと,法律に対する見方が変わり,法学部の学生であることに誇りを持つことができるようになることでしょう。
法律の条文や判例が,著作権の保護を受けずに,私たちの前にあるのですから,法学部の学生は,人類の 「至宝」 を無料で使いきることができる恵まれた地位にいることになります。自信をもって,法律学の学習に励みましょう。