創造的な論文の書き方(その2)発見の推論(abduction)


創造的な論文の書き方(その2)

アブダクション(発見の推論)


問題の所在

法学,特に,法解釈学は,法律の条文について,最高裁の有権解釈を追認し,法文の正当化を行うだけであり,創造性とは無縁の学問であると考えられてきた。

創造性を売り物にする法学の博士論文も,これまでのところ,新しい法原理を発見するというものはほとんどなく,多くは,外国の論文を種本とし,外国の法制度や判例を紹介して,わが国の法解釈に示唆を与えるという,外国法,または,外国の法理論の物まねの域を超えるものではない。

もちろん,新しい問題について,従来の法解釈理論を適用して,新しい問題の解決に寄与する論文とか,新しい問題を契機として,解釈理論に多少の変更をするものはあるが,創造的な解釈理論や法原理を打ち出したといえる論文はほとんど見られないというのが現状である。

確かに,法学は,ローマ法以来,2,000年以上の歴史と伝統を有する学問であり,法学の基盤となる法原理を根本的に変革することは,法的な安定性を害するものであって,慎重でなければならない。しかし,社会・経済の発展は,根本的な法原理についても,さまざまな変革を迫っているのであり,社会・経済の発展に即して,法原理の改革,発展を図ることも重要である。

その場合には,法の創造としての立法や,法理論の創造も不可欠となる。ところが,法学においては,法律の条文とか,法原理とかを前提にして,それをさまざまな事実に適用する方法論,解釈理論は発達してきたものの,新しい法原理や法理論を発見する方法論については,ほとんどないに等しい。

そこで,ここでは,創造的な法理論を発展させるための方法として,科学上の発見の推論といわれるアブダクションを,演繹,帰納と対比して,紹介することにする。また,トゥールミン図式をうまく活用するならば,法学においても,理論(仮説)に対する反証を通じて,創造的な法理論を発展させることができることを論じることにする。

法的推論の典型例としての演繹推論(三段論法)とその問題点

法的推論といえば,以下のような,三段論法(演繹推論)が最も重要とされてきた。

大前提:すべての人間は死ぬ。
小前提:ソクラテスは人間である。
結 論:ソクラテスは死ぬ。

しかし,三段論法には,重要な問題点が含まれている。大前提には,例外が許されない。したがって,法律のような但し書きが多い条文について,三段論法に載せることは困難である。

たとえば,民法709条を大前提にすることはできるが,民法709条の要件をすべて満たすと加害者は損害賠償責任を負うと規定しつつ,民法709条の要件をすべて満たす場合でも,民法720条の要件が満たされると,その加害者の損害賠償責任が否定されるという命題を三段論法で説明することはできない。

トゥールミン図式の登場

そこで,トゥールミン図式では,確率的な議論を取り込み,反論を取り込める論理を議論の図式として作り出したのである。

Toulmin02

このトゥールミン図式は,演繹ばかりでなく,帰納も,また,以下に紹介するアブダクションを含めて,すべての推論を図式化することができる点で,法理論の創造にとっても有用である。

推論の3つの型(ケプラーの法則の発見に即して)

論理学上の推論としては,誤りに陥る場合もあるが,有効な方法として,帰納推論とアブダクションという推論方法がある。

英語で表現すると,以上の3つの推論方法は,覚えやすい。なぜなら,演繹は,deductionといい,帰納は,inductionといい,アブダクションは,abductionといって,語尾は共通だからである。

三つの推論の概要を知るために,以下に詳しく述べる,ケプラーの発見した惑星の軌道に関する推論を例にとって説明する。

演繹(deduction)

すでに発見された一般原理から,結論を導き出す推論である。大前提は,発見されるべきものであるから,発見された原理を検証したり,利用する際には,有用であるが,科学的発見には無力であり,使い物にならない。

大前提:すべての惑星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描く。
小前提:火星は惑星である。
結 論:火星は太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描く。

帰納(induction)

ビッグデータの分析から,一般原理を導きだす推論である。日常的にも用いられる推論。数学的帰納法を除いて,論理学的には正しくない結論を導き出す恐れがあるので,必ず反証を試み,それに耐えうるものであるかどうかを検証する必要がある。

小前提:水星,地球,木星等の惑星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描いている。
大前提:すべての惑星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描く。
(ここに論理の飛躍が潜むことが多い)
結 論:火星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描く。

アブダクション(abduction)

ひとつのことを徹底的に分析した結果,一般原理を発見する推論。学者による発見は,ほとんどの場合に,この方法によっている。若い学者が,老練の学者を超えることができるのは,一つのことを徹底的に分析するのであれば,経験の豊富さに影響されないからである。

小前提:火星は惑星である。(周知の事実)
結 論:火星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描いている(ケプラーの発見)
大前提:すべての惑星は,太陽を焦点のひとつとする楕円軌道を描く(ケプラーの法則の発見)
(論理の飛躍があるので,反証に耐えるかどうか検証しなければならない)

Abduction

発見の推論としてのアブダクションの推論方法を確認するために,ケプラーの発見のプロセスをもう一度振り返ってみよう。

第1に,ケプラーは,火星は惑星であるというところから出発している。そして,第2に,ティコブラーエの膨大な観測記録を10年がかりで分析し,ついに,火星は,太陽を1つの焦点とした楕円軌道を描いていることを発見する。第3に,全ての惑星は,太陽を1つの焦点とした楕円軌道を描くという天文学上の大法則を導くことができた。

この時代,ガリレイもコペルニクスも,惑星は,太陽の周りを円軌道を描いていると信じていた。コペルニクスの地動説が長い間受け入れられなかった原因は,円運動にとらわれた地動説が,観測結果と合致しなかったからである。

ケプラーが惑星の運動を円運動ではなく,楕円運動だと発見したことによって,地動説は,観測結果との間の齟齬が解消されたばかりでなく,その後のニュートン力学の創造に決定的な寄与をすることができたのである。

結論

法解釈学といえば,三段論法が連想され,判決は,三段論法によってその正当性を確保していると信じられてきた。しかし,三段論法の大前提は,例外を許さない原則でなければならず,実は,法律の条文や法原則は,必ずといってよいほど,例外を許すものであるため,三段論法による正当化はできないのである。したがって,法解釈学においても,その推論は,帰納的推論,および,今回紹介した,発見の推論としてのアブダクションを大いに用いるべきである。

その際,注意しなければならないのは,帰納的推論も,アブダクションも,論理学的には,完全な推論とはいえないので,反証に耐えうるかどうか,常に検証を怠らないことが大切である。その際に有用なのが,トゥールミン図式の活用である。

確かに,トゥールミン図式の基本形においては,データを正当化するための根拠に対する裏づけは想定されているが,反論に対する裏づけは,用意されていない。しかし,トゥールミン図式の基本形にヒントを得て,筆者が多少の変形を加えた,法的議論のためのトゥールミン図式の応用型においては,反論に対する裏づけが用意されている。

Toulmin_Kagayama2011

このトゥールミン図式の応用型に基づいて,根拠と反論とを包み込み,両者が納得できる原理を構築することが,まさに,法学(特に,法解釈学)上の発見の推論に当たるのである。

このように考えると,法学,特に,正当化の議論に終始していると非難されてきた法解釈学も,さまざまな条文と但し書きを裏付ける一般的な法原理を導き出し,法の体系化を推進することが,法学,特に,法解釈学の発展を約束するものということができよう。

参考文献

・阿部博幸『がんで死なない治療の選択-アポトーシスの秘密』徳間書店(2014/5/31)
・伊丹敬之『創造的論文の書き方』有斐閣(2001/12)
・トーマス・クーン,中山 茂 (訳) 『科学革命の構造』みすず書房(1971/01)
・高橋健二『ドイツの名詩名句鑑賞』郁文堂 (1991)
・スティーヴン・トゥールミン(戸田山和久,福澤一吉訳)『議論の技法(The Uses of Argument(1958, 2003)) トゥールミンモデルの原点』東京図書(2011)
・野家啓一『パラダイムとは何か クーンの科学史革命 』(講談社学術文庫(2008/6/10)
・プラトン著,藤沢令夫(訳)『メノン』岩波文庫(1994)
・フリチョフ・ハフト/平野敏彦訳『レトリック流法律学習法』〔レトリック研究会叢書2〕木鐸社(1992年)
・米盛裕二『アブダクション-仮説と発見の論理』勁草書房(2007/9/20)

創造的な論文の書き方(その1)比較表の活用


創造的な論文を書くために(その1)
比較表の作成


問題の所在

法学といえば,一見したところでは,最高裁とか有名学者の権威に弱く,先例に拘束される窮屈な学問であり,創造性が働く余地はあまりないように見える(法学にノーベル賞がない理由は,「法学には,学問的創造性が期待できないから」と考えられているようである)。

しかし,法学といえども,修士とか博士とかの学位があり,そこでは,学位授与の審査基準によって,必ず,新規性とか創造性とかが要求されている。全国規模で,法学修士,法学博士の学位が次々と与えられているのは,それに相応する「創造的な」学説が次々に生み出されているからである。

ところが,残念なことに,「創造的な」を生み出した若い学者たちも,いったん学位をとってしまうと,学生の教育については,通説・判例に従った教育を行うことが多く,それに影響されるためであろうか,それ以降に公表する論文においては,ごくわずかの例外を除いて,創造性が大幅に減退する傾向が見られる。

その理由を明らかにするためには,その原因をさかのぼって,「創造的」とされた学位論文を読んでみる必要がある。「創造的」だと判断されて,学位を与えられたいくつかの論文を読んでみると,その多くは,第1に,外国の文献を翻訳して示し,第2に,それをわが国の法制度,学説,判例と対比し,第3に,その比較を踏まえて,わが国に対する示唆を得ることができるというものが多い。しかも,示唆の内容は,比較した「外国法にわが国の法が従うべきである」というのがほとんどである。

以下に述べるように,確かに,比較は,創造性の源泉となるものであるが,比較しただけとか,それを「まね」しただけでは,実は,創造的な作品を生み出したとはいえない。

比較の結果として,「まね」ではなく,新しい作品を生み出すためには,比較の方法(比較表の作成),および,比較から違いと同時に,共通点をも見つけ出し,比較の対象をオーバーフォールした後に,再構築する必要がある。

ここでは,創造性の豊かな論文を作成するための比較の方法(比較表の作成),および,比較から得られた相違点とそれを超えた共通点を発見し,その発見に基づいて,新しい組み合わせを導く方法について論じることにする。

創造性とは何か?

既存の物の新しい組み合わせ

創造的な論文を書くのに必要な創造力とは,何か新しいことを生み出す能力のことである。つまり,誰かの「物まね」ではないものを生み出す能力である。

もっとも,他方で,「太陽の下,新しきものなし(Nothing is new under the sun)」といわれている。そのような観点からは,創造とは,一から全く新しいものを生み出すのではなく,既存の要素の新しい組み合わせに過ぎないということができる。例えば,新しい化学物質の創造も,原子や分子の新しい組み合わせに過ぎない。地球も,天体の物質を受け継いで生まれたものであるし,新しく生まれる子供たちでさえも,親の遺伝子の組替えに過ぎない。

創造性との関連(たとえば,資本主義における「創造的破壊」)でよく用いられるイノベーション(革新)という用語でさえ,それを提唱したシュンペーター(J. A. Schmpeter)も,初めは,「新結合(neue Kombination)」という言葉を用いて,生産要素(資本財,労働,土地)の結合の仕方,すなわち生産方法におけるいっさいの新機軸を表現していた[シュムペーター・経済発展の理論(1912)(上)180頁以下]。そして,これに新商品や新生産方法の導入のほか,新市場,資源の新供給源,新組織の開拓など,きわめて広範な事象を含ませていた。シュンペーターが明示的に「革新(Neuerung = innovation)という概念を用いたのは景気循環の説明においてであった(大野忠男「イノベーション」平凡社世界百科事典)。

法学における創造性の意味

このように考えると,法学における創造性も,社会・経済の発展に伴って生じる複雑な問題に対応するために,今までの法律のルールや判例の法理を組替え,新しい事実に適応できる新しい組換えのルールを用意することができる能力だということになる。

このことは,AIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)やSARS(新型肺炎:重症急性呼吸器症候群)等の新型のウィルスの攻撃から身を守るために,私達の免疫組織が遺伝子の組み合わせを変えながら,そのウィルスを撃退できる新しい免疫組織を創造する仕組みと似ていると思われる。

新しい観点・組合せの発見に有用な比較

先に述べたように,何もないところから新しいことは生み出せない。新しい観点の発見は,比較から生じることが多い。

ギリシャの哲学者ソクラテスが目標としたとされている「汝自身を知れ」(γνῶθι σεαυτόν  (gnothi seauton): Know thyself)といいう命題についても,実は,自分自身を知ることは困難であり,他人と自分とを比べてみて,はじめて自分を知ることができるように思われる。

ドイツの文豪ゲーテは,「外国語を知らない人は,自国語もよくは知らない」という名言を残している。

Wer fremde Sprachen nicht kennt,
weiss nichts von seiner eigenen.

もっとも,これだけでは,ソクラテスの名言「汝自身を知れ」とは,何の関係も内容に思われる。しかし,ゲーテの名言について,その「対偶」(A→Bの対偶は,¬B→¬A)を取ってみると,「自国語をよく知っている人は,外国語を知っている」という同値の命題に変換できる。

そうすると,ゲーテの名言は,自国語を知ろうと思えば,外国語を習得してみるのがよい,すなわち,「外国を習得してみて,初めて自国語の特色を発見できる」ということに帰結する。

このように考えると,ソクラテスの格言とゲーテの格言とは,一見したところでは,哲学と語学という全く異なる分野に関する無関係な命題のように見えるが,実は,自己(自国語)を知ろうと思えば,他者(外国語)との比較が必要であるという点で,共通点を発見することができる(ここで,共通点を発見するために用いたのは,論理学の「対偶」である)。

ここまでくると,戦略の至高原理とされる「知彼知己者 百戦不殆(敵を知り 己を知れば,百戦危うからず)」も,原理は同じであることに気づく。

後に,比較表にしてまとめることにするが,同様にして推論を進めていくと,法律家にとって創造の源泉となるのは,時間的,場所的比較であることが判明する。時間的比較を行うのが法制史であり,場所的比較を行うのが,比較法なのである。

法を研究する者にとって,論理学を基盤とした法解釈学だけでなく,法の歴史(法思想史,法制史),比較法が必須であるのは,以上の理由に基づいている。

比較表の効用

新しい論点の発見

新しい組み合わせは,問題の要素を「表」に表現することによって発見できることが多い。なぜなら, 問題点を「表」にすると,複雑な議論が単純となり,理解が深まるからである。しかも, 問題点を「表」にまとめて見ると,「表」にしないと気づかないことであるが,「表」に空欄ができる。その空欄こそが,従来の考え方では気づかれなかった重要な論点であることが多く,その論点が発見されるたことによって,創造性が促進されることになる。

比較表の作成による正確性と創造性の同時実現

比較表の効用は,「表」の列と行の対比を通じて,共通点と相違点とが明確となる点にある。つまり,項目の相違点を比較することによって,知識が正確となる。

したがって,文章を書く前に,その問題点について,比較表を作る作業をすると,学生や,他分野の学者にとって,専門知識を確実に習得することに役立つだけでなく,項目の共通点を見出すことによって新たな観点を発見することが容易となる。

比較表を作成すると,創造的な思考力が養成される理由は,以下に詳しく述べるように,比較表を活用すると,相違点の網羅的な発見と,隠された共通点の発見が同時に実現できるからである。

比較表作成における戦略

1.対立点に着目した列の項目の選定

全く独立で相互に関係がないように見える対象に対しては,それらの対象間に見られる対立点に着目して,比較表の列の項目を選定する。相違点がなければ,比較表を作成する意味がなくなるからである。

2.対立点に隠された共通点の探索による列の項目の追加

上記とは逆に,対立・矛盾すると思われる対象に対して,それらの対象間に類似点を見出せるような観点を発見するように努める。「敵の敵は味方」,「例外の例外は原則」という考え方を利用して,一方の対象を発見することができると,他方の対象との類似点や共通点を発見できる。

比較表による発見の例

比較表の作成例を順を追って説明する。それぞれの段階における比較表の変化のプロセスは,最後に実際の比較表の変遷図としてまとめている。

第1段階

ソクラテスの「汝自身を知れ」とゲーテの「外国語をしならない人は,自国語も知らない」という命題を,格言集として並べてみよう。これが,比較表の第一歩となる。ただし,項目を単純に並べた表を作成しただけでは,何の知見も得られない。そこで,次のステップに移る。

第2段階

それぞれの命題の列の下に,「目標」と「手段」というサブ項目を作成して,それぞれの項目に沿って,それぞれの命題を並べてみると,そこに空欄が生じる。この空欄こそが,創造性の萌芽となる。

第3段階

「目標」と「手段」という列項目に即して,空欄を埋めてみると,以下のことが明確となる。

確かに,ソクラテスの言明は,目標であり,ゲーテの言明を待遇として変形したものは,手段を述べているという違いがある。しかし,ソクラテスの言明も,ゲーテの言明も,自分自身(自国語)を知るには他者(外国語)との比較が必要であるという,共通の目標と共通の手段を述べたものであることを理解することができる。

第4段階

第3段階の知見を基礎にすると,哲学的言明(汝自身を知れ),語学的言明(外国語を知らない人は自国語も知らない)から,比較表が,さらに発展を遂げることになる。

すなわち,法学について,「国内法を知ろうと思えば,外国法,および,過去の法について知る必要がある」とか,「外国法,および,法の歴史を理解しない人は,国内法の特質も理解できない」といって,学生の勉学意欲を刺激することができると思われる。

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結論

創造的な論文を書くためには,「創造性とは何か」を理解する必要がある。

創造とは,一から何か新しいことを作り出すのではなく,従来の考え方の要素を分解して,新しい観点から再構築することに過ぎない。したがって,創造的な仕事は,天才だけができる困難な問題ではなく,これから研究しようとする問題について,その要素をさまざまな視点から縦と横との比較表に載せてみるという「地道な作業」を通じて,誰もが実現できる身近な作業なのである。

その際,さまざまな考え方について,相違点と共通点を明らかにするという戦略に従って,列の項目を立ててみると,多くの場合,縦の列に空欄ができることがわかる。その空欄こそが,これまでほとんどの人が見過ごしてきた点であり,その空欄を埋めていくことで,論理の正確性が図られるばかりでなく,新しい視点が生み出されることが多い。

作成できた比較表を分析して,比較した対象の相違点を明確にするとともに,それを超える共通点,融合点を発見することができる点に,比較表の醍醐味がある。

なお,創造性を高めるためには,今回の比較表の作成だけでなく,発見の推論(アブダクション)という推論方法についても,理解しておく必要がある。この点については,次の機会に譲ることにしたい。

参考文献

・阿部博幸『がんで死なない治療の選択-アポトーシスの秘密』徳間書店(2014/5/31)
・伊丹敬之『創造的論文の書き方』有斐閣(2001/12)
・佐伯胖「認知科学の誕生」渕一博編著『認知科学への招待 第5世代コンピュータの周辺』〔NHKブックス446〕日本放送協会(1983年)9-41頁。
・シュムペーター(J. A. Schumpeter)著/塩野谷祐一,中山伊知郎,東畑精一訳『経済発展の理論-企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究-』岩波文庫(上,下)(1977)
・高橋健二『ドイツの名詩名句鑑賞』郁文堂 (1991)
・プラトン著,藤沢令夫(訳)『メノン』岩波文庫(1994)

説得力のある論文の書き方


説得力のある文章(レポート,論文など)の書き方


Ⅰ アイラック(IRAC)で考える

1.アイラック(IRAC)で考えることの有用性

アメリカのロー・スクールでは,法的問題の解決に際して行われる法的分析を,以下ように,5つのプロセスに分類し,これを”IRAC”と名づけている。

争点(Issue):何が争われているのか。
ルール(Rule):争われている事実に適用されるルールは何か。
適用(Application):ルールを適用するとどのような結果が導き出されるのか。
議論(Argument):事件を別の観点から見た場合に他のルールを適用できないか。
結論(Conclusion):上記の議論を踏まえた上で,妥当な解決策を提示する。

アイラック(IRAC)という弁論および文章の構成作法は,もともとは,ギリシャのソフィストたちが考案し,ソクラテス,プラトンを経て,アリストテレスによって完成された「弁論術(説得の技術)」の一部をなすものである。

この作法は,現在においても,法廷での口頭弁論ばかりでなく,演説,レポート,論文など,あらゆる文章を構成するに際して,人を説得するのに有用な普遍的な方法として,認められている。

したがって,アイラック(IRAC)をマスターすることは,レポートの作成対策ばかりでなく,あらゆる試験対策,起案対策にとって有用であり,法学部の学生ばかりでなく,すべての学生がマスターすべき文章技術であるということができる。

2.アイラック(IRAC)と論文構成との関係

アイラック(IRAC)について,論文の書き方と関連させてもう少し具体的に説明すると以下のようになる。

  1. 争点(Issue)具体的事実の中から重要な事実や問題点(争点)を発見する。
    論文の場合には,問題の提起として,先行研究を検討し,それらの研究では,現在の複雑な問題を解決できないこと,これに代わる新しい考え方が必要であることを述べる。
  2. ルール(Rule) 争点に関連するルール・法理を発見する。
    ・争いとなってる事実関係のなかから,条文の効果に着目して,適用されるべきルールをすべて網羅し,その条文の要件に該当する事実をピックアップする。通常は,適用に値するルールが複数見つかる。
    ・適切な条文が見つからない場合は,適用されるべき一般原理(民法通則とか,一般不法行為)を探索する。
    論文の場合には,現代の問題を解決するのに適切であると思われる新しい仮説を提示する。
  3. Application(適用) 発見されたルール・法理を重要な事実へ適用して,暫定的な結論を得る。
    ・暫定的な結論(tentative conclusions)には,原告有利の結論(tentative conclusion for plaintiff) と 被告有利の結論(tentative conclusion for defendant )という2つの相反する仮の結論が含まれる。
    論文の場合には,新しい仮説群をに現代の問題を当てはめてみて,複数の仮の結論を導く。
  4. Argument(議論)賛成説と反対説とを戦わせることによって自分の立論の弱点を知り,補強する。
    ・原告有利の結論と被告有利の結論とで,どちらが,具体的に妥当な解決を導くかについて,さまざまな観点から検討する。
    論文の場合には,先行研究から導かれる結論と新しい仮説から導かれる結論とを対比し,どちらが具体的に妥当な結論を導くことができるかどうか検討する。
  5. Conclusion(結論)自分の最終的な立場を明確に表現する。
    ・事案の解決として最も妥当な結論を導くルール,または,法原理を提示し,そのルールからどのような具体的な結論が導かれるか,結論を明らかにする。
    論文の場合には,筆者の提示する当たらしい仮説によって,複雑な問題が,解決できること,体系的にも矛盾が生じないことを示す。
    ・いずれの場合においても,結論が,最初の問題提起の答えとなっていることを確認する。

3. IRACを使用する場合の留意点

A. 争点とルールとの相互関係

アイラック(IRAC)では,I(争点の発見)を行ってから,R(ルールの発見)を行うという順序をとっている。演説を聞いたり,論文を読んだりする場合には,この順序によるのがよい。

しかし,演説を構成したり,論文を書いたりする場合には,この順序は,必ずも有効というわけではない。なぜなら,第1に,争点を発見するためには,ルールの構成要素である要件の観点から事実関係を眺めることによって,問題となる事実(争点)が浮かびあがってくるし,第2に,争点としての事実が明らかになると,それに適用されるべき新しいルールが浮かび上がってくるからである。

このように,I(争点の発見)のためには,R(ルールの発見)が重要な役割を果たしているし,R(ルールの発見)には,適用されるべき事実が明確となっている必要があるのであるから,両者は,実は,不可分に結びついており,両者を切り離して考えることはできない。

つまり,アイラック(IRAC)の実際の作業は,以下のような複雑な流れ,すなわち,「行きつ,戻りつ」というプロセスを踏むことになる。

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  1. 当事者の主張に関連する事実関係を調査し,その事実に適用されるべきいくつかのルールを選択する(ボトムアップ式の推論その1)。
  2. そのルールの要件の観点から,それらの要件に該当する事実があるかどうかを調査する(トップダウン式の推論その1)。
  3. 発見された事実に適用されるべきその他のルールを探索する(ボトムアップ式の推論その2)。
  4. その他のルールの要件の観点から,その他のルールの要件に該当する別の事実があるかどうかを調査する(トップダウン式の推論その2)。
  5. 別の事実が確認されたたら,その事実に適用されるべきルールを探索する(ボトムアップ式の推論その3)。

このような作業を「行きつ,戻りつ」しながら,地道に行うことを通じて,I(争点の発見)とR(ルールの発見)とは,その順序で完成するのではなく,実は,二つが同時に完成するのである。

B. 議論の方法

アイラック(IRAC)においては,一方に有利な暫定的な結論と他方に有利な暫定的な結論とを戦わせながら,よりよい結論を導き出す点に特色がある。

しかし,この議論は,順序だて,しかも,一定のルールに従って行わないと,不毛な水掛け論に終始する恐れがある。

この困難な問題を解決してくれるのが,議論のルールとして,確立した地位を占めている「トゥールミンの図式」を使った議論の方法である。

この方法をマスターすることによって,アイラック(IRAC)を十分に使いこなすことができるようになる。

Ⅱ トゥールミン図式で議論する

1.トゥールミン図式の原型

トゥールミン図式の原型は,レトリックの基本である三段論法を図式化したものである。ここにおいては,議論をするには,最初にデータ(Data:根拠)を示して,自分の言いたいこと(Claim:主張)を言うべきであることが示されている。また,その際に,相手方が一応なりとも納得できるような理由(Warrant:推論保証=論拠)を示してから議論をはじめるべきであることも示されている[トゥールミン・議論の技法(2011)147頁]。

Toulmin01

上記の図(トゥールミン図式の原型)は,このままだと,従来の三段論法と代わり映えがしない。なぜなら,以下のような三段論法と対比してみると分かる。

大前提:人間はすべて死ぬ。
小前提:ソクラテスは人間である。
結 論:ソクラテスは死ぬ。

トゥールミン・モデルでは,まず,小前提にあたる事実D:根拠(小前提:ソクラテスは人間である)から,C:主張(結論:ソクラテスは死ぬ)が述べられる。理由を聞かれた場合に,W:論拠(大前提:人間はすべて死ぬ)という理由を述べることになる。

日常生活でも,「D:データ」したがって「C:主張」という言い方,すなわち,「ソクラテスは人間,なので,死ぬ」とか,「我考える,故に,我あり」という,「W:論拠」を省略した言い方(三段論法的には誤り)が抵抗なく受け入れられている。

上記の場合に,強いて理由を聞かれると,「人間は誰でも死ぬものだから」とか「考えるものは存在しているから」という「W:論拠」が付け加えられることになる。

2.トゥールミン図式の基本型

ところで,論理学の世界では有用な三段論法であるが,現実社会では使いものにならないという大きな問題点を抱えている(机上の空論)。なぜなら,日常生活の中で大前提となるような法則といえば,「人間は死ぬ」,「権力は腐敗しやすい」くらいのものであり,それ以外に,日常生活で使えるような大前提を発見することはほとんどないからである。

《追加》日常生活や科学上の発見をリードしてきた推論としては,三段論法,すなわち,演繹(deduction)よりも,論理的な誤りに陥る危険性があるため慎重な検証が必要とはいえ,多くのデータに基づいて推論する帰納(induction)とか,科学的な発見の推論といわれているアブダクション(abduction)の方がはるかに有用である。この点については,別稿「創造的な論文の書き方(その2)発見の推論(abduction)」において,詳しく述べることにする。

これに対して,トゥールミン図式の場合は,その原型に「主張(Claim)」の様相を限定する「十中八九」とか「おそらく」という「様相限定詞(Qualifier)」を付け加え,さらに,「反論(Rebuttal)」を付け加えることによって,日常生活にも通用し,議論を分析する強力な道具とすることができる[トゥールミン・議論の技法(2011)153頁]。

なぜなら,トゥールミンの図式によれば,必ずしも従来の論理学や法律を根拠とせずに,「常識」を論拠としても,説得的な議論を展開することを可能するばかりでなく,あらゆる議論のプロセスを図の中に正確に位置づけることができるからである。

Toulmin02

上記のトゥールミン図式における「D:データ(根拠)」と「W:論拠」の区別は,事実問題と法律問題と考えるとわかりやすい。

トゥールミン図式の中で困難さが生じているのは,「W:推論保証(論拠)」と「B:裏づけ」との区別が一見したところではわかりにくい点である。トゥールミン自身の記述[トゥールミン・議論の技法(2011)154 頁]によれば,「W:論拠」は反駁可能な「仮言的言明(A ならばB である)」とされている。したがって,要件と効果で書かれた法律の条文も「W:論拠」に含まれることになる。これに対して,「B:裏づけ」は「定言的事実命題(A である)」とされているので,反駁を予定していない定義や公理がこれに含まれることになる。

トゥールミンの図式の特色は,先にも述べたように,厳格な科学知識とはいえない「常識」を論拠としても,説得的な議論を展開することを可能することができる点にある。そればかりでなく,あらゆる議論のプロセスをこの図の中に正確に位置づけることができる点が重要である。このため,トゥールミンの図式を活用すれば,議論の全体像が明らかとなり,議論が拡散したり,横道にそれたりすることを防ぐことができるようになる。

3.トゥールミン図式を応用した議論のプロセス

トゥールミン図式を活用すると,議論を建設的なものとするための「議論のルール」を作成することが容易となる。この点については,「議論のルール20箇条」[福澤一吉・議論のルール(2010)205-209頁]が大いに参考になる(なお,ルールの番号は,筆者の観点から体系的に整理し直している)。

1.事前の申し合わせ

A. 発言について〔発言の意味がわかるために:国語の問題〕
〔 1〕 1つの文で1つの考えを表現する
〔 2〕 述語を完結させる
〔 3〕 文と文との接続関係を意識する
〔 4〕〔議事録をとるために〕書くように話す

B. 質問について〔議論をかみ合わせる〕

〔 5〕 自分の質問は実態調査タイプか,仮説検証タイプかを知る
〔 6〕 質問と主張とを同時にしない
〔 7〕 相手が自分の質問に答えているかを確認する
〔 8〕 自分の質問への答えを自分でしっかりと評価する

2.第1ラウンド

A. 最初の発言の分析〔主張をトゥールミン図式で表現する〕

〔 9〕 主張と根拠とをペアにする
〔10〕 議論において1度に提示する主張は1つに限る

B. 相手の発言の分析〔どの点に反論するのかを含めて,トゥールミン図式で表現する〕

〔11〕 まず相手の発言に触れ,次にその発言について返答する
〔12〕 自分の意見と相手の意見の関係を明示する

3.争点の整理

〔13〕 議論の対立軸を見極める
〔14〕 議論の鳥瞰図をつかみ,局所反応をしない
〔15〕 議論の論点を絞り込む
〔16〕 人によって使われ方が異なっている言葉は内容を事前にチェックする

4.第2ラウンド以降の議論のコントロール

〔17〕 議論に関係ないことは言わない
〔18〕 論点のシフトに注意する
〔19〕 話が論理的にリンクするところに注目する
〔20〕 論理性が欠如した〔リンクが切れた〕話し合いを補修する

上記の「議論のルール20箇条」を念頭に入れて,議論の進行の経過をトゥールミン図式にしたがって会議場の白板に書き込みながら議論を行うと,先に述べたように,議論が横道に外れたり,拡散したりするのを防ぐことができるばかりでなく,議事録をとるのが容易になる。議論をする際には,ぜひ試してみよう。

4.トゥールミン図式の交渉術への応用型

トゥールミン図式を使いこなしていくと,主張の根拠(Warrant)と反論(Rebuttal)とを融合する方法として,裏づけ(Backing)をうまく利用する方法が見えてくる。

反論は,法律の条文に即していうと,但し書きにあたる部分であるため,本文と但し書きをひとつにまとめる原理を示すと,それが,争いを当事者双方が納得して解決するための根拠であることがわかる。

したがって,私は,トゥールミン図式を少し変形して,以下のような,交渉を通じて当事者が合意(和解)に達するための議論の図式(トゥールミン図式の応用型)として示すことにしている。

Toulmin_Kagayama2011

根拠(Warrant)に裏づけがあるように,実は,反論(Rebuttal)にも,裏づけがあるはずであり,両者の関係をうまく調整するならば,実は,トゥールミン図式の裏づけは,根拠だけでなく,反論の裏づけでもあるというような統合的な裏づけを考えることができる。

議論を通じて,議論の当事者が納得できる裏づけが形成されていくことが,単なる紛争の解決だけでなく,さらに,法の発展に寄与することになるのである。

Ⅲ アイラック(IRAC)の最後のチェックポイント

1.問題の提起と結論との関係に留意する

アイラック(IRAC)で重要なことは,最後に,I(争点)とC(結論)との間の関係が,「問い」と「答え」との関係になっているかどうかを確認する作業を怠らないことである。

最初にI(争点)としてあげたことについて議論を重ねているうちに,C(結論)がI(争点)とは,ずれてしまって,争点に対する解決策になっていないということがよく生じるからである。

議論を重ねた結果,副産物として,その他の問題についての有用な結論が生じたとすれば,それは,貴重な副産物であるが,アイラック(IRAC)としてまとめる場合には,C(結論)は,必ず,I(争点)に対する「答え」の形式をとることが必要である。

争点と結論との関係が,「問い」とその「答え」となっていない場合には,議論を見直して,争点と結論の関係を明確にするように,調整する必要がある。

2.次の課題へとつなげる

アイラック(IRAC)によって争点に対する結論が示された場合,その結論が,新たな争点を生み出すという場合がよくある。そのような場合には,結論の後に,残された問題として,結論が,新たな問題提起となっており,それが,今後の課題につながることを示すのがよい。

その様な残された課題について,筆者自身がそれを発展させることもよいが,読者がそれを引き継いで,学問の発展につながることになれば,さらによい結果が生じるからである。

参考文献

・浅野樽英『論証のレトリック―古代ギリシアの言論の技術』講談社現代新書(1996年4月)
・足立幸男『議論の論理-民主主義と議論』木鐸社(2004/10)
・アリストテレス(戸塚 七郎訳)『弁論術』 岩波文庫)(1992/3/16)
・岩田宗之『議論のルールブック』新潮新書(2007/10)
・加賀山茂「論文を書く時の資料の整理について」大阪大学法律相談部『法苑』復刊3号(1977)15-24頁
・加賀山茂「研究者をめざす大学院生フォーラム 番外編 法学文献の読み方 : 書くためにどう読むか」法学セミナー60巻5号(2015/05)52-61頁
・澤田昭夫『論文のレトリック-わかりやすいまとめ方』講談社学術文庫(1983)
・曽我謙悟「コラム・先行研究を読むとはいかなる営みなのか-大学院新入生へ一つアドバイス(上)(中)(下)」書斎の窓(2014-2015)No.635 32-36頁,No.636 24-29頁,No.637 35-38頁
・田中美知太郎『ソフィスト』講談社学術文庫(1976)
・スティーヴン・トゥールミン(戸田山和久,福澤一吉訳)『議論の技法(The Uses of Argument(1958, 2003)) トゥールミンモデルの原点』東京図書(2011)
・福澤一吉『議論のレッスン』生活人新書・NHK出版(2002/04)
・納富信留『ソフィストとは誰か?』人文書院(2006/09)
・福澤一吉『議論のルール』NHKブックス(2010/5/26)
・プラトン,加来 彰俊 (訳) 『ゴルギアス』 岩波文庫(1967)

最高裁の国民審査の実効性を高める方法について


最高裁の女神像撤去運動

最高裁判所の裁判官の国民審査を活性化するための方法論(試論)


問題の所在

最高裁は,わが国の最高権力のひとつであり,「権力は腐敗に向かう」という格言どおりに,著しく腐敗しているといわれています(瀬木比呂志『絶望の裁判所』講談社現代新書(2014/2/21))。

最高裁判所の腐敗を防止するためには,最高裁判所裁判官国民審査法(以下,「国民審査法」と略称する。)を改正し,国民が最高裁判所の裁判官を実質的に罷免できることができるようにする制度へ変更するのがもっとも有効な方法でしょう。

なぜなら,現在の国民審査法では,罷免すべき裁判官に×印をつけるという,最高裁判所の裁判官にもっとも有利な「陶片追放」型の投票様式を採用していますが,通常の投票方式である罷免を可としない裁判官の記名投票,または,罷免を可としない裁判官に○印をつける投票様式に変更すれば,裁判官を確実に罷免することができるようになるからです。

具体的には,国民審査法を以下のように改正すれば,最高裁の裁判官の国民に対する上から目線がなくなり,政府よりの目線,大企業よりの目線から,国民全体に対する目線(国民救済の視点)へと変更されることになると思われます。

最高裁判所裁判官国民審査法(改正私案)

第14条(投票用紙の様式)

②投票用紙には、審査に付される各裁判官に対するの記号を記載する欄を設けなければならない。

第15条(投票の方式)

審査人は,投票所において,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自らの記号を記載し,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何等の記載をしないで,これを投票箱に入れなければならない。

しかし,最高裁判所に甘い国会議員は,このような改正には賛成しないと思われます。したがって,国会議員による国民審査法の改正を待っていたのでは,最高裁の裁判官が,国民目線でものごとを考えるようにするという,最高裁の改革を実現することはおぼつかないでしょう。

そこで,最高裁のすべての裁判官の目線が国民に向けられるような改革運動を,個々の国民が立ち上がり,最高裁の改革のために運動を起こすことが必要でしょう。

最高裁改革の方法論としての「最高裁の女神像撤去運動」の趣旨

最高権力のひとつとしての最高裁の腐敗を除去し,今後の腐敗を未然に防止する象徴的な行動として,最高裁に鎮座している奇妙な女神像を撤去する運動を開始することを提言したいと思います。

その理由は,法の女神は,本来ならば,第1に,平等と公平を保つために目隠しをし,第2に,公正かつ衡平を担保するために天秤を掲げ,第3に,必要とあらば強制力を行使しますが,そのような権力行使の濫用を防止するためには,剣を下げて持つべきです。

ところが,最高裁の女神像は,以下のように,法の女神の理想像とは正反対の姿をしています(http://www.geocities.jp/wpo_explorer/exp2/003.jpg)。

ThemisInSupremeCourtOfJapan003

 

  • 第1に,目隠しをせずに目を見開いており,これは,偏見と書面主義を表しており,弁論主義に違背しています。
  • 第2に,最高裁の女神像は,高く掲げるべき天秤を降ろしており,これは,公正・衡平をないがしろにするものであり,法の精神に反しています。
  • 第3に,最高裁の女神像は,高く掲げるべき天秤を降ろす替わりに,剣を高く掲げて,官僚主義的な権力主義をあらわにしており,権力の濫用の禁止に反しています。

以上の理由に基づき,最高裁の女神像は,即刻,撤去し,アメリカ合衆国の連邦裁判所の女神像(ダニエル H. フット『名もない顔もない司法-日本の裁判は変わるのか』NTT出版(2007/11/20)41頁)等の世界各地の女神像を比較検討し,わが国において,特に必要とされる「偏見」を取り去り,かつ,「弁論主義」を強調するために「目隠し」をし,「衡平」を確保するために,「天秤を高く掲げ」,「権力の濫用を防止する」ために「剣を降ろした」女神像へと変更すべきであると考えます。

最高裁の女神撤去運動の方法論

日本国憲法第15条第1項は,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。」と規定しています。

また,第79条第2項,および,第3項は,「 最高裁判所の裁判官の任命は,その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し,その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し,その後も同様とする。前項の場合において,投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは,その裁判官は,罷免される。」と規定しています。

ところが,これらの規定は,形骸化し,実効性を完全に失っています。そこで,この規定を活性化する試みのひとつとして,上記の「女神像撤去運動」の趣旨を活用することが必要です。

themisすなわち,最高裁の女神像は,目隠しをせず,天秤を高く掲げず,剣を振り上げるという,本来の法の女神とは正反対に,偏見・不公平・権力の濫用を助長することを象徴している女神像は,速やかに撤去されるべきであり,本来の法の女神像に変更すべきです。

それにもかかわらず,この女神像を撤去せずに放置している最高裁の裁判官たちは,人権感覚が麻痺しており,法の番人として不適格であり,すべて罷免されるべきです。

したがって,最高裁の裁判官の国民審査においては,この女神像撤去運動に賛同する市民は,最高裁の女神像が撤去されるまで,審査に付された裁判官すべてに×を付ける運動を開始することが必要と思われます。

運動の手段の濫用の防止のための方策

国民審査に際しては,この運動に参加するすべての市民は,最高裁の女神像が撤去されるまで,女神像の存続を是認しているとみなされる最高裁の裁判官全員に対して,×をつけるべきですが,最高裁の裁判官の中には,市民のために良心的な判決を下している裁判官もいるはずです。

そのような裁判官を保護する方法としては,「最高裁の女神像撤去運動」に賛同する会員のうち,市民のために適切な判決を下している裁判官であることを知った市民が,その裁判官について,×をつけることを控えることは一向に差し支えありません。

もっとも,このような運動は,現段階では夢物語に過ぎませんが,最高裁の腐敗がさらに進行し,国民がそのことに危機感を抱くような時が到来すれば,このような運動の提言は,社会的貢献につながるのではないかと,私は考えています。

書評:ダニエル・フット『名もない顔もない司法-日本の裁判は変わるのか』NTT出版(2007)


ダニエル H. フット『名もない顔もない司法-日本の裁判は変わるのか』NTT出版(2007/11/20)


本書の概要

この本の著者は,1981年にアメリカ合衆国のロースクールを卒業して連邦地方裁判所および連邦最高裁判所のロー・クラーク(裁判官の下で法律の調査や判決の起案をする人のこと)を勤め,合衆国での弁護士経験もある人物です。著者は,1983年に外国人研究生として来日して,東京大学,最高裁等で日本の裁判制度をアメリカの裁判制度と比較しながら研究し,東京大学法学部の助手を経て,2000年からは,東京大学大学院法学政治学の教授(現職)です。

本書は,日本の裁判所とアメリカ合衆国の裁判所を比較することを通じて,日本の裁判所の裁判官の没個性,世間との没交渉性,人事の不透明性,面子にこだわり内部からの批判を排除するという官僚的な性質を見事に暴き出した優れた本です。

本書の特色

本書の第1の特色は,21頁の2枚の写真(最高裁の大法廷の統一した椅子の写真と,アメリカ合衆国連邦裁判所の不揃いの椅子の写真比較する2枚の写真)によって,日本の裁判所の裁判官の没個性と合衆国の裁判所の裁判官の個性の尊重とを一目で理解できるようにしている点にあります。

SupremeCourtJapan_s

わが国の最高裁判所の法廷の統一規格の椅子
http://s.eximg.jp/exnews/feed/Iphonezine/Iphonezine_6703_1.jpg

SupremeCourtUsa_s

アメリカ合衆国連邦裁判所の法廷の不揃いな椅子
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2e/Ussupremecourtinterior.JPG
なお,本書21頁の写真では,椅子の不揃いの様子がもっと鮮明に写っています。

本書の第2の特色は,41頁の2枚の写真(最高裁の大法廷の剣を振り上げ,目隠しをしない女神像と,合衆国連邦裁判所の目隠しをした女神像の写真)の対比によって,日本の裁判所の書面重視主義と,アメリカ合衆国の弁論重視主義とを一目で理解できるようにしている点にあります。

ThemisInSupremeCourtOfJapan003

わが国の最高裁判所の女神像
http://www.geocities.jp/wpo_explorer/exp2/003.jpg
最高裁の女神像は,お顔こそ穏やかですが,所作は恐ろしいものです。
目を見開いていることは,偏見と書面重視・弁論軽視の姿勢を示しています。
天秤を下ろして剣を高くかかげた姿は,まさに,官僚的権威主義の象徴です。
これでは,最高裁の裁判官たちの人権感覚が疑われても仕方がないでしょう。
本書の指摘を受けて,最高裁の改革が実現する時というのは,
この女神像が撤去され,この女神像とは正反対に
目隠しをし,天秤を高く掲げ,剣を降ろした女神像に入れ替った時でしょう。
アメリカ合衆国連邦最高裁判所の目隠しをした女神像は,本書41頁をご覧ください。

本書の第3の,そして,最大の特色は,裁判官の政治活動が問題とされた非常によく似た日本の事件(寺西事件)とアメリカ合衆国の事件(サンダース事件)とを取り上げ,優れた比較を行っている点にあります。

すなわち,本書は,上記の二つの事件の内容はほとんど同じにもかかわらず,日本では,政治活動をした裁判官を有罪とし(正確には,仙台高等裁判所の分限裁判で戒告処分を受け,最高裁でも賛成10と反対5で戒告処分が妥当と判断された),アメリカ合衆国では無罪としたという結論の違いだけでなく,日本では,手続きを非公開の裁判としたのに対して,合衆国は,公開の法廷で審理を行ったことに着目し,なぜ,そのような差が生じたのかについて,鋭い分析をしている点にあります。

詳しい内容は,本書を読んでいただくほかありませんが,以下の記述(181-182頁)は,まさに,日本の裁判所の本質を突いていると思われます。

私は,日本の裁判所が〔非公開の〕懲戒手続きをとると決めた際に,〔懲戒手続きは内部の問題であると考えるのとは別の〕もうひとつ別の要因が作用したのではないかという思いを捨て切れない。それは,組織の面子がつぶされたという感覚である。

これを実証的に証明することはできない。しかし,懲戒手続きとして耳目を集めた二つの事件-寺西事件と第3章でみた福島重雄の事件-が,ともに裁判官が裁判所の恥を公にさらした事件だったというのは,単なる偶然とは思えない。

寺西事件は,裁判官は検察や警察による令状の請求に対して盲判を押していると示唆する朝日新聞への投稿に端を発し,福島事件では,知人に送られた(そして報道機関の手に渡った)いわゆる平賀書簡の写しが,若手裁判官が事件で特定の結論を出すように上司から圧力をかけられているような印象を与えた。

もちろん合衆国でも,内部問題についての好ましくない情報を暴露して組織の評判を落とした人に対して,かなりの非難が浴びせられる点では変わりはない。内部告発者は組織の対外的責任を確保するという重要な役割を果たすが,組織内では決して好かれる人物ではない。

日本では,組織の「裏切り者」に対しては,合衆国よりも一段と激しい非難が集中するといえよう。さらに,日本ではキャリアシステムがとられ,労働力の流動性が低いこともあり,組織内部の好ましくない情報を公に暴露する行為に対しては,合衆国よりも相当大きな圧力がかかる。こういった要素が重なることによって,日本では好ましくない事実が秘匿される傾向が強くなっているといえよう。

本書の第4の特色は,わが国で裁判員制度について,アメリカ合衆国の陪審員制度と比較した場合,その制度趣旨が明確でないため,裁判員の利益があまりにも少なく,守秘義務等,負担があまりにも大きいことを明らかにしています。

本書の課題

本書は,アメリカ合衆国の裁判制度との比較を通じて,わが国の裁判制度の特色を見事に浮き彫りにした傑作です。

ただし,本書の著者が接する裁判官が最高裁のトップや優秀な裁判官に限定されているためでしょうか,日本の裁判官に甘い点が少なからず見られる点については,鵜呑みにすべきではないでしょう(瀬木 比呂志『ニッポンの裁判』講談社現代新書 (2015/1/16) も,この点を強調しています)。

たとえば,完全に形骸化して,機能不全に陥っている最高裁の裁判官の「国民審査」について,限界を認めつつも,以下のように指摘していますが(105頁),いかにも甘すぎる評価のように思われます。

私個人としてはこの国民審査制はよい制度だと思っている。この制度は,少なくとも定期的に最高裁判所に対する人々の関心を呼び起こす役割を果たしている。

日本の裁判官について得られる情報量は,ミズーリ州や合衆国の他の州と比べると格段に少ないものの,インターネットの普及とともに裁判官に関する情報はかなり手に入りやすくなっている。そして,退官した裁判官の話によれば,裁判官自身,罷免を求める票の割合にはかなり関心をもっており,その割合は小さくとも一定の影響力はあるのかもしれない。

また,瀬木比呂志『絶望の裁判所』講談社現代新書 (2014/2/21)は,本書について,以下のように,厳しく批判しています。

フット教授による日本の司法の分析については,全体としては評価すべき部分があると思うが,前記の書物〔本書〕についてみると,日本の裁判所・裁判官制度の決定的な特色であるヒエラルキー的な上位下達の官僚組織という側面の問題点に関する十分な認識が欠けているように思われる。

〔裁判員制度に対する期待(本書289頁以下)についても〕,法社会学者の分析としてはいくら何でも甘すぎるのではないかと私〔『絶望の裁判所』の著者・瀬木〕は考える。私の周囲の学者にも,私の知る限りの民事訴訟法学者にも,裁判員が裁判官に及ぼす効果についてそのような甘い期待ないし幻想を抱いている人はあまりいない。

それにもかかわらず,本書は,日本人が見過ごしているさまざまな点について,比較研究の視点から鋭く抉り出しており,わが国の裁判所に関する一級の啓蒙書であることに間違いはありません。

上記のような批判点があることに留意するならば,本書は,なお,私たちが読むに値する優れた本であり,法律の専門家だけでなく,広く市民一般に読まれるべき良書として,すべての人に,本書の一読を勧めたいと思います。

書評:瀬木 比呂志『ニッポンの裁判』講談社現代新書 (2015/1/16)


瀬木 比呂志『ニッポンの裁判』講談社現代新書 (2015/1/16)


本書の概要

本書は,瀬木 比呂志『絶望の裁判所』講談社現代新書(2014)の姉妹書です。『絶望の裁判所』が制度批判の書物であったのに対し,本書『ニッポンの裁判』は,裁判批判を内容とするものです。

本書は,99.9%という異常な有罪率を誇る刑事裁判において生み出されている数多くの冤罪と恣意的な国策捜査,民事の名誉毀損損賠賠償訴訟・原発訴訟における最高裁事務総局による下級審の裁判内容のコントロール,原告勝訴率わずかに8.4%の行政訴訟,調査官のいいなりと揶揄される憲法裁判,刑事系裁判官による裁判員制度の悪用,裁判員制度のイベント企画にまつわる不正経理の実態など,具体的な事例を紹介しつつ,裁判所と裁判官は自浄作用が期待できないほどに腐敗していることを明らかにしています。

本書の特色

本書によって,裁判所は,前近代的な服務規律が改めら得れることもなく,ハラスメント防止のためのガイドラインも,相談窓口や審査機関もなく,セクシュアル,パワー,モラル等の各種のハラスメントが横行するというように,究極の腐敗状態に陥っていることが明らかにされています。

しかし,筆者によれば,裁判所は,清く正しくあってこそ,正当性を有しているのであって,人々がそう思っているから,人々を従わせることができるに過ぎません。したがって,もしも,国民が,裁判所が究極的に腐敗していることを知るようになれば,裁判所の権威など誰も認めなくなり,提訴率は激減し,裁判所の判断には誰も従わなくなるに違いありません。

そこで,筆者は,腐敗をとめられずに暴走しつつあるわが国の裁判所・裁判官制度を根本的に改革するには,事務総局人事局の解体とそれ以外のセクションの大学事務局的な部門への改革,キャリアシステムの法曹一元制度への移行以外にないと断言しています。

本書の課題

本書の筆者は,第7章(株式会社ジャスティスの悲惨な現状)において,以下のように豪語しています。

裁判所・裁判官制度の根本的な改革は,事務総局人事局の解体とそれ以外のセクションの大学事務局的な部門への改革(権力的な要素をなくして事務方に徹するようにするという趣旨),そして,キャリアシステムの法曹一元制度への移行以外によってはなしえないのではないかと考える(『絶望』第6章)。それ以外の有効な方法があると考える人がいるなら,きちんと実名を示してそれを提案していただきたいと思う。

『絶望』に対する専門家の意見はかなりの数あった(もっとも多くは匿名)が,私の知る限り,現在の裁判所・裁判官制度の改善に関する有効な対案は,示されたことがないのではないかと考える。

以下の記述は,本書の筆者に対するささやかな反論と実名を示した提案です。

本書で提言されている裁判所改革は,自浄作用が期待できないはずの裁判所(絶望の裁判所)による改革です。これでは,効果は期待できないのではないでしょうか。

裁判所の腐敗を止めるには,以下のように,国会,および,国民という,外部からの裁判所に対する監視・弾劾機能を強化することが必要です。

第1に,三権のうちで国民に近い存在であり,裁判官を罷免する実績を有する国会による弾劾裁判(裁判官弾劾法第2条以下)のいっそうの強化によって,下級審の裁判官の基本的人権を侵害している最高裁の事務総局のトップ,裁判官の独立を侵害している下級裁判所のトップ等を罷免できるようにすることが不可欠でしょう。

第2に,国民自身による国民審査の改革を進めて,国民に奉仕するのではなく,最高裁の事務総局に奉仕したり,天下り先の大手の弁護士事務所や銀行の利益に奉仕している腐敗した最高裁の裁判官を国民審査(憲法第79条第2項~第4項)を通じて罷免したり,事後収賄罪(刑法第197条の3第3項)で告発したりするほかないと思われます。

そうではなく,裁判所による改革に頼っていたのでは,法の解釈に関して,最終的な決定権を有するため,実質的に,国権の最高機関となっている最高裁の改革は,いつまでたっても実現できないでしょう。

書評:瀬木比呂志『絶望の裁判所』講談社現代新書 (2014/2/21)


瀬木比呂志『絶望の裁判所』講談社現代新書 (2014/2/21)


本書の概要

わが国の裁判官は,一般には,優秀で,公正,中立,廉直という印象をもたれています。しかし,その印象は誤りであり,実際の裁判官は,さほど優秀でもなく,公正でも,中立でも,廉直でもなく,むしろ,腐敗しており,しかも,裁判所自身の努力によってそれを改善することは絶望的であるというのが,33年間裁判官を務めた筆者の見解です。

本書の特色

筆者は,現在,裁判官を辞任し,学者に転進しています。筆者によれば,現在の裁判所は,情実人事,裁判官の不祥事等が横行しており,裁判官の個人の尊厳も,表現の自由も奪われており,サービス業で最も重要な「顧客志向」の精神が完全に欠落しているといいます。そして,裁判所がそのような危機的な状態に陥っているのは,最高裁による巧妙な裁判官支配によって,現在の裁判官の視線は,国民に向けられているのではなく,判決が評価され,昇進に響く,上級審や最高裁(事務総局)に向けられているからであるというのが筆者の分析です。

その結果,裁判を利用した人々の満足度は,2割を切っているのですが,それを改善しようとする裁判所の動きは皆無であり,裁判所は,その自浄作用も期待できない危機的な状態にあるということを筆者が実際に経験した具体的な事例を踏まえて明らかにしている点に本書の特色があります。

本書の課題

司法官僚の支配によって絶望的な腐敗状況にある裁判所を国民のための裁判所にするためには,裁判官の任官制度を改革して,弁護士を経験し,人生の機微を理解すようになった上で,裁判官になるという法曹一元の制度を構築することが必要であるというのが筆者の改革提言です。

しかし,司法を改革するのに,司法の内部で改革しようとしても,おそらく問題は解決できないと思います。人間ばかりでなく,法律が無効であるかどうかを裁くという,物事の最終的な決定権を最高裁が握っている以上,司法によって司法の腐敗を止めることはできないでしょう。

三権のバランスを回復し,これまでにも,裁判官を罷免する実績を有する,国会の内部に開設される弾劾裁判所のシステムを強化・整備し,憲法に反する支配体制を進めている最高裁判所のトップを弾劾できるようにしなければ,裁判所の腐敗を止めることはできないでしょう。

なぜなら,アクトン卿の格言にあるように,「権力は腐敗に向かう,絶対的権力は絶対的に腐敗する(Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.)」からです。

 

明治学院大学法学部フレッシャーズ研修での講評


明治学院大学法学部入学者のための研修会での事例研究の後の講評


明治学院大学法学部に入学した学生たちのために,新高輪プリンスホテルの飛天の間でフレッシャーズ研修が開催されました。

プリンスホテル新高輪

 

そこでは,「サッカーボール回避高齢者転倒死亡事件」(最高裁第一小法廷平成27年4月9日判決民集69巻3号455頁)をモデルにして,法学部の上級生であるSC(Student Counselor)たちが作成した事例(9歳の児童が公園でフットサルをしていて,その子の蹴ったボールが公園の外に飛び出し,自転車で通行していた人が,そのボールをよけようとして転倒して骨折した事件)について,SCの司会・進行の下に,法学部の新入生たちが,20名程度のグループに分かれて,詳しく検討しました。

以下の文章は,新入生の検討の後に,私(加賀山)が講評をした内容に,多少の追加をしたものです。


民法をマスターする近道は,民法のGoogle mapを作ること


民法は,条文数が1,044カ条というように,法律の中でも,条文数が最も多い法律の一つです。したがって,民法をマスターしようと思えば,常に,民法の個々の条文と民法全体の体系とを結びつけて学習するようにしないと,迷子になってしまいます。

迷子にならないようにするために必要なのが,地図ですが,最近の地図,たとえば,上の図で示したように,Google map を利用すると,住所を入力するだけで,住宅地図,分県地図,日本地図,世界地図へと,逆に,世界地図,日本地図,分県地図,住宅地図へとシームレスに移行することができます。したがって,自分が行こうとする場所へのアクセスが最短距離,最低料金等,目的に応じて選択できるようになりますし,常に,自分がどこにいるのかを確かめることができます。

法律,特に,条文数の多い民法を学ぶときも,同じことがいえます。自分が学習しようとする問題について,民法のどの条文が適用されるのか,その条文は,民法の全体の体系の中で,どのように位置づけられているかを知ることが,迷子にならないために必要です。

WagatsumeGuidanceOfCivilLawところが,現在のところ,民法の世界では,Google map に相当する民法の案内図がいまだに存在しません。民法の代表的な入門書である我妻栄『民法案内』第1巻『私法の道しるべ』にも,地図的な思考方法の重要さが述べられていますが,偉大な我妻先生でも,民法の完全な地図を作ることはできませんでした。

しかし,あきらめてはいけません。「民法のGoogle map」を作成するという目標と粘り強い努力を続けるならば,数年後には,「民法のGoogle map」(日本民法典)を完成させることができると,私は考えています。


法学部生の強みは何か(事案から条文への逆向き推論の能力)


今回,新入生の皆さんが検討した事例は,サッカーボール事件であり,この問題を解決するには,民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)の解釈が重要になりますが,そのほかに,民法712条(責任能力),709条(不法行為による損害賠償),719条(共同不法行為)を理解することが必要です。

ところで,このような個別の条文(民法709条,712条,714条,719条)にたどり着くために,皆さんは,どのような勉強をしなければならないのでしょうか。

民法を学習する目的は,市民生活の中で生じた紛争を平和的に解決することができる解決案を提示できる能力を養うことです。つまり,具体的に生じた事案に対して,最も適切な条文を探索する能力が必要です。

rule_based_j1しかし,この能力を養成することが,実は,非常に難しいのです。見つかった条文を前提にして,その条文がどのような意味を持ち,どのような先例があるのかを知ることであれば,法学部の学生でなくても,法律辞書と六法と判例データベースがあれば,誰でもできます(トップ・ダウン式の思考方法)。

しかし,逆向きの推論,すなわち,具体的な事例に対して,2,000近くもある法律の中から,適切な法律を選び,しかも,民法の場合であれば,1,044カ条もある条文の中から,その事件に適用されるべき条文を選択することは,至難の業です(ボトム・アップ式の思考方法)。法学部で,厳しい訓練を受けた学生以外の学生には,とうていなしうる業ではありません。

法学部以外の経済学部や社会学の学生たちは,社会に出たとき,確かに統計資料等の資料を用いて,問題の定量的な分析はできるかもしれません。しかし,解決が困難な問題が生じた際に,六法をめくりながら,「この問題には,この条文が適用される可能性が高く,出るところに出れば,こちらにとって,不利な判決が出る可能性があります。ですから,早急に,対応をとることが必要です。」と言えるようになるのは,法学部の卒業生だけでしょう。

せっかく,法学部に入学したのですから,皆さんは,そのような能力,すなわち,「困難な問題について,適切な条文を根拠にして,当事者も,専門家も,社会も,すなわち,誰もが納得できる解決案を提示できる能力」を養うための方法を知らなければ,もったいないと思います。

そこで,今回のサッカー(フットサル)ボール事件を例に取りながら,民法の正しい学習法について概観してみることにしましょう。


民法の学習の道しるべ


スライド3民法は,5編からなりなっています。第1編総則,第2編物権,第3編債権,第4編親族,第5編相続です。第1編の総則の第1章は,通則とされており,第1条と第2条が,民法全体に通用する原則を定めています。

民法第1編,第1章の通則(民法第1条,第2条)に規定されている民法の大原則は,憲法の基本的人権の規定に裏打ちされた規定であり,たとえ,憲法が改正されたとしても,その精神が変わることがないとされており,数百年単位で安定した部分であって,しっかりと理解する必要があります。

スライド4しかも,たとえば,民法第1条は,民法の大原則として重要な位置を占めるばかりでなく,後に述べる民法適用条文ベスト10に入っており,民法709条を中心に下不法行為方,民法415条の契約(債務)不履行責任に次いで,最もよく使われる条文の一つとなっています。

民法通則のうち,民法1条(基本原則,私の解釈によれば,私権の制限)は,上の図のように,憲法第29条【財産権】を受けて作成された条文であり,また,民法2条(解釈の基準,私の解釈によれば,私権の目的)は,憲法第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】を受けて作成された条文ですが,いずれも,憲法第13条【個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉】の規定を押さえて作成されており,民法全体を見渡す上で,非常に重要な役割を果たしています。

スライド6今回の事例(サッカー(フットサル)ボール事件)は,不法行為の事件ですので,民法第3編債権の第5章不法行為の箇所の条文を見る必要があります。

不法行為法は,「一般」不法行為としての民法709条,712条,713条,720条,724条,および,「特別」不法行為としての民法714条~民法719条,723条とで成り立っています。

スライド7不法行為法は,民法適用ベスト10に多くの条文が入っており,最もよく使われている条文です。特に民法709条は,民法が適用される全事件の約3割が民法709条に基づいて解決されており,民事の事件について,どの条文が適用されるだろうかと言われたら,「民法709条」ですと言えば,3割は当たるというほどに重要な条文です。

今回の事例では,それが,民法709条に書かれている要件を満たしたといえいるかどうかが基本的に重要となりますが,未成年者であって,事理弁識能力を欠く場合には,民法712条によると,その人の責任を追及することができませんので,民法714条に従ってその監督義務者である親権者に対して責任を追及することになります。

第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

第712条(責任能力1)
未成年者は,他人に損害を加えた場合において,自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは,その行為について賠償の責任を負わない。

第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
①前2条〔責任能力〕の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合におい て,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠ら なかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。
②監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も,前項の責任を負う。


不法行為法の全体像の理解(電気回路図による比ゆ的な表現)


CivSysPart3Chap5Circuit01不法行為法は,先に述べましたように,民法の中で最も適用頻度の高い分野であり,しかも,一つのシステムを構成していますので,これを電気回路図で比ゆ的に表現することができます。

しかも,この電気回路図によると,スイッチを入れるのが誰なのか,すなわち,不法行為法の要件を証明するのが原告の方なのか被告なのかを明確に表現することができます。右上の図では,上の列にあるのが,原告が証明するスイッチ,右の列にあるスイッチが被告が証明すべきスイッチです。そして,下の列にあるのが,いったんついた電灯(損害賠償請求権)を消滅させるスイッチを示しています。以上が,一般不法行為法の全体像です。

CivSysPart3Chap5Circuit03次に,特別不法行為の場合には,被害者をよりよく救済するために,特に,被害者による証明が困難な「故意又は過失」の証明を軽減すために,バイパスが用意されていると考えることができます。

原告が,ある事件が一般不法行為ばかりでなく,バイパスに該当することが証明されると,立証責任が転換されて,加害者の方で,過失がなかったこと,すなわち,十分な注意を尽くしたことを証明しない限り,損害賠償責任が認められます。

CivSysPart3Chap5Circuit04いったん損害賠償責任が認められると,その責任が消滅するには,時間の経過が必要です。加害者を知ってから3年,加害者がわからない場合でも,事故から20年が経過すると損害賠償責任が消滅します。

このように,不法行為の全体像を図示して頭に入れておくと,どのような事件が生じた場合にでも,どのような条文が適用され,原告と被告とは,何を証明しなければならないかがよくわかるようになると思います。


200年以上にわたって,変わることがなかった法原理としての民法709条の学習の重要性


民法709条の背景に控えている法原理,すなわち,「有用と思うことは自由にしてよい。しかし,他人に損害を与えないように注意し,社会的費用を最小にするように行動せよ。もしも,故意または過失によって他人に損害を与えた場合には,その損害を賠償せよ」という不法行為法の大原則について,述べておきます。

このような一般不法行為の法原理は,「一般」不法行為法を発明したフランスの学説が,1804年に成立したフランス民法典(Code civil)の第1382条によって,初めて世界に発信されました。わが国の民法709条は,この伝統を引き継いで起草された条文です。

CodeCivil2016ssフランス民法典 第1382条
フォート(故意又は過失)によって,他人に損害を生じさせた者は,それによって生じた損害を賠償をする責任を負う。
Art. 1382
Tout fait quelconque de l’homme, qui cause à autrui un dommage, oblige celui par la faute duquel il est arrivé à le réparer.

日本民法 第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

これらの条文は,フランスにおいても,また,わが国においても,すでに,200年間にわたって,変わることなく適用され続けており,今後も数百年にわたって変化することはない,大原則だと思います。

しかも,民法709条は,わが国において,もっとも頻繁に適用されている条文です。民法が制定されて以来,裁判所で適用された民法の条文の中で,約3割という,突出した適用頻度を保ち続けているのは,民法709条だけです。したがって,皆さんは,民法を勉強するに際しては,この条文から学習を始めるのがよいでしょう。

さらに,世の中に生じる不条理な事件は,単独で行われるよりも,複数の人とか,複数の原因が絡んで生じることが多いことに気づくならば,共同不法行為(民法719条)の考え方について学習を深めましょう。

第719条(共同不法行為者の責任)
①数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。
②行為者を教唆した者及び幇(ほう)助した者は,共同行為者とみなして,前項の規定を適用する。

そうすると,今回の事件も,実は,サッカーボールを蹴った子供だけが事故の原因を作り出したのではなく,子供に付き添わなかった親,事件が起こった公園の管理者,事故を起こした被害者の行動など,複数の原因が絡み合って生じており,その場合の責任の分配がどのようになされるべきであるのかを知ることができるようになります。


結論(法学部で学ぶ者の責務)


刻々と変化する社会の複雑な現象に対して,私たち法学部で学ぶ者は,以下のような二つの道具を使いこなして,誰もが(当事者も,専門家も,社会もが)納得できるような紛争解決案を提示する能力を養わなければなりません。

第1は,人類が獲得してきた永遠の法原理(「有用と思うことは自由にやってよい。しかし,他人に損害を生じさせないように注意し,社会的費用を最小にするように行動せよ。もしも,故意又は過失によって他人に損害を生じさせた場合には,その損害を賠償せよ」という法原理)を常にバックボーンとして持ち,ぶれることのない判断を行うことです。

第2は,法原理から抽出されるものではあるものの,時代に合わせて緩やかに変更される個々の条文(民法だけでなく,特別法の条文)を使いこなして,専門知識に基づいた正確な判断を下さなければなりません。

このような二つの道具を駆使して,最終到達目標としての「紛争の平和的解決能力を養うこと」こそが,法学部で学習した人々の責務なのです。

そのような責務に耐えうる能力を養うために,皆さんが,4年間,しっかりと法律を学習されることを願って,今回の講評を終えることにします。皆さんの今後のご健闘を祈ります。


参考文献


 

  • 民法の入門書
    • 加賀山茂『現代民法 民法学習法入門』信山社(2007)
    • 加賀山茂『民法入門・担保法革命』信山社(2013)(DVD付)
  • 民法(財産法)全体を理解する上での助っ人
    • 我妻栄=有泉亨『コンメンタール民法』〔第3版〕日本評論社(2013)
    • 金子=新堂=平井編『法律学小辞典』有斐閣(2008)
  • 契約法全体についての概説書
    • 加賀山茂『契約法講義』日本評論社(2009)

 

情報の引出しから情報の歴史地図へ


定年退職を前にして思うこと


昨日の2016年3月31日は,私にとっては,記念すべき日になるはずであった。というのも,明治学院大学の定年は,68歳であり,実は,昨日,私は定年退職して,この大学を去るはずだったからである。

ところが,2015年に法科大学院を廃止する代わりに,「法と経営学研究科」を設立して,私が,初代の委員長となったため,その完成年度まで,定年が延長されることになり,私は,もう1年間この大学にとどまることになった。

「法と経営学」とは,経営学と法学の学問分野に生起する諸問題について,経営学と法学の二つの観点から解決する方法を探究することを通じて,究極的には,両者を発展的に融合することをめざす学問である([加賀山・法と経営学序説(2013)1頁])。

それをもう少し具体的にイメージすると以下のような図となる。すなわち,「法と経営学」とは,具体的には,(1)組織自身,(2)金融市場,(3) 労働市場,(4)原材料市場,(5)製品市場,(6)政府関係という六つの学問分野に,法学の学問分野,すなわち,(1)会社法,(2)金融法,(3)労 働法,(4)契約法・知財法,(5)不法行為法・経済法,(6)行政法・税法をマッピングし,あらゆる組織に生起する問題を,法学と経営学の二つの観点か ら解決する方法を探究することを通じて,究極的には,法と経営学を発展的に融合することをめざす学問であるということができる。

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 経営学の学問分野 マッピングする法学の学問分野

もっとも,経営学,法学は,社会の要請に応じてダイナミックに変化する学問分野であるため,上記の図は,現時点での概念を表象するものに過ぎない([斎藤・法と経営学の視点(2014)287頁])。

2015年,明治学院大学大学院にわが国ではじめての「法と経営学」研究科が設立された。この研究科では,その主要科目であるビジネス総論では,法 学の教員と経営学の教員の二人の教員がひとつの教室に入り,経済小説や実際に生じた経営問題,判例を題材について,法学と経営学の二つの視点から問題解決 の方法を提示し,大学院生との間で議論を重ね,大学院生がグループ討論を通じて結論を導くという方法を取り入れている。

明治学院大学法と経営学研究所

 

そこで,来年の2017年3月31日が,私の明治学院大学法学部教授としての人生に終止符を打ち,両親が待ち望んでいる大分県の実家に帰り,新たな人生を歩むことになった。

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定年退職すると,元気がなくなるという話をよく聞くが,私の場合は,幸いにも,実家が農地なので,そこで晴耕雨読の生活を送るとともに,「日本民法典研究支援センター」というインターネットの組織を立ち上げたので,そこでの質疑応答を通じて,法教育の発展に残りの人生を楽しく送りたいと考えている。


明治学院大学での研究・教育活動を振り返る


明治学院大学での11年間を振り返ると,2005年に法科大学院の設立要員として法科大学院の教授に赴任してから9年間は,法科大学院の教授として法曹教育の改革に取り組むとともに,法学研究科の大学院改革に取り組んだ。

2012年5月6日の法科大学院の教授会で法科大学院の募集停止が決定されると,直ちに,5月14日に,経済学部の有志とともに,法科大学院に代わる研究科,後にその名を「法と経営学研究科」とする修士課程の研究科を創設する計画に取り掛かった。この計画は,明治学院大学の大学院改革の一環として位置づけられ,2013年2月22日に学長の諮問に答える答申「新大学院構想について」として公表され,2014年2月19日の連合教授会で承認された。文部省の設置審の審議も乗り越え,2014年10月29日に,「法と経営学研究科」は,わが国で最初の「法学」と「経営学」の双方の視点から問題解決を行うことを目的とする修士課程の大学院として設立が認可された。


大学教授として業績を伸ばすために必要な情報の「引出し」


大学を退職するに当たって,通常は,最終講義を行う。その際には,嫌でも自分の業績を振り返ることになる。

業績が少ないと,自分は大学でなにをしてきたのかと,憂鬱になるに違いない。そうならないうちに,定年退職の最終講義に何を述べるかを早くから考えておくのがよい。

その際には,大学教授は何をすべきかについて,よく考えるのがよい。職業としての研究者を目指す人も,すでに,大学教授になっている人も,自らの評価を厳しく行うためには,杉原厚吉『大学教授という仕事』水曜社(2010)をよく読み,大学教授は,その普遍的な責務として,以下の項目を実践すべきであるというのが私の考え方である。

この本で書かれている大学教授の仕事のうち,大切なものをピックアップすると,以下の3つになる。

  • コンスタントに独創的な論文を作成すること,
  • 独立した研究能力を有する課程博士(ドクター)を輩出すること,
  • 研究を遂行するための外部資金を調達すること

最終講義では,すべての教授が,以上の評価基準に従って,教授としての「自己評価」をすべきであるとすれば,大学教員は,就職したときから,自分の最終講義をするための準備をすればよいことになる。

目標実現するために有用なのが引き出しである。上の三つの項目について,引き出しを作って,日々,業績を蓄積し,いつでも,それを引き出せるようにしておくと,目標を実現するのに役立つ。


物理的引出しからアウトラインプロセッサへ


物理的な引出しは,書類等を入れてしまうと,インデックス以外は見えなくなってしまう。すっきりと整理されてよいのだが,中が見えないために,情報が整理されないままに,埋もれてしまう危険性があり,そうなると,情報の蓄積も進まない。

そこで便利になるのが,アウトラインプロセッサである。この中に情報を入れておくと,見出しだけにすることも,中身を見ることも自由自在となる。

たとえば,私は,民法の体系化の作業をこのアウトラインプロセッサ(OlivieneEditor)を使って行っているが,必要な箇所だけを見ることができ,しかも,どこからでも事由に作業をすることができるので,非常に便利である。

たとえば,民法の全体像を見るときには,見出しのレベルを1,すなわち,編だけを見ることができる。

Civ00All03

第1篇のうち,章だけをみたければ,章までに限定してみることができる。

Civ01General

さらに,条文のレベル,たとえば,1条だけを見たければ,そこに限定してみることができる。

CivilLawMap9s

たとえば,私の利用しているアウトラインプロセッサは,ディレクトリ単位で管理しているので,MS-DOSのコマンドプロンプトで構造を見ることもできる。現在の状況は以下の通りである。

Structure of Civil Code of Japan
├─1 Property law
│ ├─Part1 General provisions
│ │ ├─Chapter1 General principles
│ │ │ ├─Section1 Private and public interests
│ │ │ ├─Section2 Standard of act
│ │ │ │ ├─ Art. 1 al. 2 Principle of good faith
│ │ │ │ └─ Art. 1 al. 3 Prohibition of abuse of rights
│ │ │ └─Section3 Aim and Interpretation of civil law
│ │ │ └─Art. 2 Dignity and equality
│ │ ├─Chapter2-3 Person
│ │ │ ├─Chapter2 Natural person
│ │ │ │ ├─Secction1 Capacity to hold rights
│ │ │ │ ├─Section2 Capacity to legal act
│ │ │ │ │ ├─1. Majorities
│ │ │ │ │ ├─2. Minors
│ │ │ │ │ ├─3. Guardianship
│ │ │ │ │ ├─4. Guaratorship
│ │ │ │ │ ├─5. Assistance
│ │ │ │ │ └─6. Right of counterparty
│ │ │ │ ├─Section3 Domicile
│ │ │ │ ├─Section4-1 Management of absentee property
│ │ │ │ ├─Section4-2 Adjudication of disappearance
│ │ │ │ └─Section5 Presumption of simultaneous death
│ │ │ └─Chapter3 Juridical person
│ │ │ └─1. Establishment of juridical person
│ │ ├─Chapter4 Object of right
│ │ │ └─Classification
│ │ │ ├─1. Tangible or Intangible
│ │ │ │ └─Art. 85 Tangible
│ │ │ └─2. Principal or Appurtenance
│ │ │ └─Art. 88 Fruits
│ │ ├─Chapter5 Legal acts
│ │ │ ├─Section1 General provisions of legal acts
│ │ │ ├─Section2 Manifestation of intention
│ │ │ ├─Section3 Agency
│ │ │ │ ├─1. Condition of agency
│ │ │ │ ├─2. Sub-agency
│ │ │ │ ├─3. Conflict of agency
│ │ │ │ ├─4. Apparent agency
│ │ │ │ └─5. Unauthorized agency
│ │ │ ├─Section4 Void or Invalidity of legal acts
│ │ │ │ ├─1. Void
│ │ │ │ └─2. Invalidity
│ │ │ └─Section5 Conditions and Time limit
│ │ │ ├─Conditions
│ │ │ └─Time limit
│ │ ├─Chapter6 Calculation of period
│ │ └─Chapter7 Prescription
│ │ ├─Section1 General provisions
│ │ │ ├─1. Effect and waiver
│ │ │ ├─2. Interruption
│ │ │ └─3. Suspension
│ │ ├─Section2. Acquisitive prescription
│ │ └─Section3. Extinctive prescription
│ │ ├─1. Long term
│ │ └─2. Short term
│ ├─Part2 Real property law
│ │ ├─Chapter1 General provisions of real property
│ │ ├─Chapter2 Possessory rights
│ │ │ ├─Section1 Acquisition of possessory rights
│ │ │ ├─Section2 Effect of possessory rights
│ │ │ │ └─3. Possessory actions
│ │ │ ├─Section3 Extinction of possessory rights
│ │ │ └─Section4 Quasi-possession
│ │ ├─Chapter3 Ownership
│ │ │ ├─Section1 Extent of ownership
│ │ │ │ ├─Subsection1 Content and scope of ownership
│ │ │ │ └─Subsection2 Neighboring relationships
│ │ │ │ ├─1. Use of Land
│ │ │ │ ├─2. Water streams
│ │ │ │ ├─3. Boundary
│ │ │ │ └─4. Structure on land
│ │ │ ├─Section2 Acquisition of ownership
│ │ │ │ ├─1. Possession, finding and discovery
│ │ │ │ └─2. Accession, mixture and processing
│ │ │ └─Section3 Co-ownership
│ │ │ ├─1. Management of co-ownership
│ │ │ ├─2. Partition of co-owned thing
│ │ │ ├─3. Rights of common with nature of co-ownership
│ │ │ └─4. Quasi co-ownership
│ │ ├─Chapter3-2 Rights of usufructuary
│ │ │ ├─Chapter4 Superficies
│ │ │ ├─Chapter5 Emphyteusis
│ │ │ │ ├─1. Acquisition of Emphyteusis
│ │ │ │ └─2. Extinction of emphyteusis
│ │ │ └─Chapter6 Servitudes
│ │ │ ├─1. Acquisition of servitudes
│ │ │ ├─2. Extinction of servitudes
│ │ │ └─3. Common with the nature of servitudes
│ │ └─Chapter3-3. Real security
│ │ ├─Chapter07 Right of retention
│ │ │ ├─1. Acquisition of right of retention
│ │ │ ├─2. Effect of right of retention
│ │ │ └─3. Extinction of right of retention
│ │ ├─Chapter08 Statutory liens
│ │ │ ├─Section1 General provisions
│ │ │ ├─Section2 Kinds of statutory liens
│ │ │ ├─Section3 Order of priority of statutory liens
│ │ │ └─Section4 Effect of statutory liens
│ │ ├─Chapter09 Pledges
│ │ │ ├─Section1 General provisions
│ │ │ ├─Section2 Pledges of movables
│ │ │ ├─Section3 Pledges of immovable properties
│ │ │ └─Section4 Pledges of rights
│ │ └─Chapter10 Mortgages
│ │ ├─Section1 General provisions
│ │ ├─Section2 Effect of mortgages
│ │ │ ├─3. Disposition of mortgages
│ │ │ ├─6. Statutory superficies
│ │ │ └─7. Joint mortgages
│ │ ├─Section3 Extinction of mortgages
│ │ └─Section4 Revolving mortgages
│ │ └─4. Joint revolving mortgages
│ └─Part3 Obligation law
│ ├─Chapter1 General provisions of obligation
│ │ ├─Section1 Object of obligation
│ │ │ ├─1. Obligation to deliver things
│ │ │ ├─2. Monetary obligation
│ │ │ └─3. Alternative obligation
│ │ ├─Section2 Effect of obligation
│ │ │ ├─1. Internal effect
│ │ │ └─2. External effect
│ │ ├─Section3 Obligation of multiple parties
│ │ ├─Section4 Assignment of obligation
│ │ └─Section5 Extinction of obligation
│ │ ├─Novation
│ │ └─Payment (Performance)
│ ├─Chapter2 Contract
│ │ ├─General provisions
│ │ │ └─General provisions
│ │ │ └─Effect of contracts
│ │ └─Types of contracts
│ │ ├─Deposits
│ │ ├─Lease
│ │ └─Sale
│ ├─Chapter3 Management of business
│ │ ├─1. Ordinary Management of business
│ │ │ ├─Condition of management
│ │ │ └─Effect of management
│ │ └─2. Urgent Management
│ ├─Chapter4 Unjust enrichment
│ │ ├─General unjust enrichment
│ │ └─Special unjust enrichment
│ └─Chapter5 Tort
│ ├─General torts
│ │ ├─1.General torts by single tortfeasor
│ │ ├─2.General torts by several tortfeasors
│ │ └─3.Exemptions for tortfeasors
│ │ └─1.Incapacity for liability
│ └─Special torts
│ └─Liability of traffic accident
│ └─2. Causation
└─2 Family law
├─Part4 Relatives
│ ├─ Chapter2 Marriage
│ │ ├─ Section3 Marital Property
│ │ ├─ Section4 Divorce
│ │ └─Section1 Formation of Marriage
│ ├─Chapter3 Parent and Child
│ │ └─ Section2 Adoption
│ ├─Chapter4 Parental Authority
│ ├─Chapter5 Guardianship
│ │ └─Section2 Organs of Guardianship
│ └─Chapter6 Curatorship and Assistance
└─Part5 Succession (Inheritance)
├─Chapter3 Effect of Inheritance
├─Chapter4 Acceptance and Renunciation of Inheritance
│ └─Section2 Acceptance of Inheritance
└─Chapter7 Wills
└─Section2 Formalities of Wills

業績を着実に,かつ,広い範囲にわたって蓄積し,かつ,いつでも必要な箇所を取り出したり,公表したりしたいのであれば,情報の「電子的引出し」であるアウトラインプロセッサの利用をお勧めする。


情報の引き出しから情報地図へ


法解釈学の究極の目標は,たとえば,地図の比ゆを使って,民法の解釈学に限定して述べるならば,第1に,民法全体を一瞥できるような世界地図,第2に,総則,物権,債権,親族,相続の各編についての,日本地図,第3に,第1編第1章の民法総則に関する分県地図,第4に,民法1条1項に関する住宅地図,さらに加えて,民法1条に関する立法理由,文献,判例,改正案についてのストリートビューというように,民法に関するすべての情報が完備されており,それらを,Google Mapのように,シームレスに閲覧できるシステムを作成し,それを公開することであると,私は考えている。

この目標を達成することを,定年後の私の生活の一部としたい。

アウトラインプロセッサ(OlivineEditor)を使った民法の体系化(中間報告2)

アウトラインプロセッサを使った民法の体系化を進めています。前回は,民法総則の体系化について報告しました。Civ02Real今回は,物権法の体系化について報告します。

これまでは,物権法の体系を右の図ような系統図で示していました(白抜きは学術用語,その他は,法令用語です)。

全体図としては,わかりやすいし,それぞれの枝葉の部分にリンクをつけていくと,それなりの体系図となるのですが,やはり,全体の中の位置づけを示すには,アウトラインとして表現するのが一番だと思い,アウトラインプロセッサで条文,立法理由,文献,判例,改正案のレベルまで辿れるアウトラインを作成しつつあります。

アウトラインのうち,Windowsのコマンドプロンプトを使って,ディレクトリのレベルまでを示すと以下のようになります。すべての体系が完成するには,あと2年がかかる予定ですが,折り畳みが可能な動態的なアウトラインをどのようにネットで表現できるか,並行して追求していきたいと考えています。

Structure of Civil Code of Japan (民法の体系化(物権部分のみ))
│ ├─Part2 Real property law (第2編 物権)
│ │ ├─Chapter1 General provisions of real property (第1章 総則)
│ │ ├─Chapter2 Possessory rights (第2章 占有)
│ │ │ ├─Section1 Acquisition of possessory rights (第1節 占有権の取得)
│ │ │ ├─Section2 Effect of possessory rights (第2節 占有権の効力)
│ │ │ │ ├─2. Acquisition of title right by possession (本権の取得)
│ │ │ │ └─3. Possessory actions (占有訴権)
│ │ │ ├─Section3 Extinction of possessory rights (第3節 占有権の消滅)
│ │ │ └─Section4 Quasi-possession (第4節 準占有)
│ │ ├─Chapter3 Ownership (第3章 所有権)
│ │ │ ├─Section1 Extent of ownership (第1節 所有権の限界)
│ │ │ │ ├─Subsection1 Content and scope of ownership (第1款 取有権の内容及び範囲)
│ │ │ │ └─Subsection2 Neighboring relationships (第2款 相隣関係)
│ │ │ │ ├─1. Use of Neighboring Land (隣地の利用)
│ │ │ │ ├─2. Management of Water streams (水流の管理)
│ │ │ │ ├─3. Management of Boundary (境界の管理)
│ │ │ │ └─4. Neighboring Structure on land (隣地近傍の工作物)
│ │ │ ├─Section2 Acquisition of ownership (第2節 所有権の取得)
│ │ │ │ ├─1. Possession, finding and discovery (先占,拾得,発見)
│ │ │ │ └─2. Accession, mixture and processing (添付)
│ │ │ └─Section3 Co-ownership (第3節 共有)
│ │ │ ├─1. Management of co-ownership (共有物の管理)
│ │ │ ├─2. Partition of co-owned thing (共有物の分割)
│ │ │ ├─3. Rights of common with nature of co-ownership (共有の性質を有する入会権)
│ │ │ └─4. Quasi co-ownership (準共有)
│ │ ├─Chapter3-2 Rights of usufructuary (用益物権)
│ │ │ ├─Chapter4 Superficies (第4章 地上権)
│ │ │ ├─Chapter5 Emphyteusis (第5章 永小作権)
│ │ │ │ ├─1. Acquisition of Emphyteusis (永小作権の取得)
│ │ │ │ └─2. Extinction of emphyteusis (永小作権の消滅)
│ │ │ └─Chapter6 Servitudes (第6章 地役権)
│ │ │ ├─1. Acquisition of servitudes (地役権の取得)
│ │ │ ├─2. Extinction of servitudes (地役権の消滅)
│ │ │ └─3. Common with the nature of servitudes (共有の性質を有しない入会権)
│ │ └─Chapter3-3. Real security (担保物権)
│ │ ├─Chapter07 Right of retention (第7章 留置権)
│ │ │ ├─1. Acquisition of right of retention (留置権の性質)
│ │ │ ├─2. Effect of right of retention (留置権の効力)
│ │ │ └─3. Extinction of right of retention (留置権の消滅)
│ │ ├─Chapter08 Statutory liens (第8章 先取特権)
│ │ │ ├─Section1 General provisions (第1節 総則)
│ │ │ ├─Section2 Kinds of statutory liens (第2節 先取特権の種類)
│ │ │ ├─Section3 Order of priority of statutory liens (第3節 先取特権の順位)
│ │ │ └─Section4 Effect of statutory liens (第4節 先取特権の効力)
│ │ ├─Chapter09 Pledges (第9章 質権)
│ │ │ ├─Section1 General provisions (第1節 総則)
│ │ │ ├─Section2 Pledges of movables (第2節 動産質)
│ │ │ ├─Section3 Pledges of immovable properties (第3節 不動産質)
│ │ │ └─Section4 Pledges of rights (第4節 権利質)
│ │ └─Chapter10 Mortgages (第10章 抵当権)
│ │ ├─Section1 General provisions (第1節 総則)
│ │ ├─Section2 Effect of mortgages (第2節 抵当権の効力)
│ │ │ ├─3. Disposition of mortgages (抵当権の処分)
│ │ │ ├─6. Statutory superficies (法定地上権)
│ │ │ ├─7. Joint mortgages (共同抵当)
│ │ │ └─8. Nobless oblige in mortgagees (抵当権におけるノブレス・オブリージュ)
│ │ ├─Section3 Extinction of mortgages (抵当権の消滅)
│ │ └─Section4 Revolving mortgages (根抵当)
│ │ └─4. Joint revolving mortgages(共同根抵当)

コマンドプロンプトの”tree”命令のデフォルトを利用しているので,一部ディレクトリが省略されてしまっています(なぜ,欠落が生じるのか不明です)。

もちろん,”tree/f”の命令を使うと,ファイルのレベルまでツリーを描くことができるのですが,これだと,あまりにも複雑になるので,今回は,ディレクトリのレベルで表示しています。

今後,ファイルのレベルでの入力が進めば,不要なファイルを除去するプログラムを作成して,すべての条文のレベルまで表示した体系図を示すつもりです。