書評:深町=山口『内部告発の時代』平凡社新書(2016/5/13)


書評:深町隆=山口義正『内部告発の時代』平凡社新書(2016/5/13)


本書の概要

本書は,オリンパス事件(2011年)の第一通報者(深町隆)と,それをスクープしたジャーナリスト(山口義正)との共著であり,ジャーナリストが執筆した第1部(内部告発をめぐる現在)と,オリンパス事件の第一通報者が執筆した第2部(オリンパス事件の真相)から成り立っています。

本書は,内部告発者が語る内部情報とそれを踏まえた客観的な分析とに支えらえており,私たち部外者に貴重な情報を与えてくれるばかりでなく,いざというときには,「内部告発する勇気」を私たちに与えてくれる本となっています。

本書の特色

本書の特色は,内部通報者とジャーナリストがコンビを組んで執筆されたものであり,社会全体の視点からも,また,組織内部の視点からも,内部告発の重要性を明らかにしている点に特色があります。

第1部(山口義正「内部告発をめぐる現在」)

本書の第1部では,わが国で最初の内部通報事件であるトナミ運輸・闇カルテル事件(2002年)(本書52-60頁)をはじめとして,化血研・偽和事件(2015年)(本書36-40頁),東洋ゴム・免震偽装事件(2015年)(本書66-70頁),東芝・粉飾決算事件(205年)(本書71-87頁)等,最近立て続けに生じている内部告発事件を取り上げて,それらとオリンパス事件との客観的な対比がなされています。

しかも,内部通報の意味と内部通報をする場合のリスク回避のための詳細なマニュアルまで用意されています(本書102-148頁)。公益通報者保護法(2004年)という内部通報者を保護すべき法律が,現状では,ザル法であり,この法律を信用して,行動すると大変な目にあうこと(本書114-122頁)が案外と知られていないからです。

なお,「内部告発者に必要な条件」として列挙している以下の事項(本書123頁)は,なかなか厳しい条件ではありますが,これこそが,今後の人材教育の目標とされるべきである点で,重要な指摘であると思われます。

 もしもあなたが内部告発を敢行するのなら,できれば満たしておいたほうがいい条件がある。それは,①あなた自身が優秀な人材で,精神的に会社から自立していること,②我慢強い性格であること,③組織の内外に味方になってくれる人物が何人かいること - の三点である。

組織ぐるみの不正に巻き込まれそうになった時に,内部告発をすることも,辞職することも選択できずに,ずるずると不正に手を染めるようになる人がこの社会の大半を占めているとすれば,それは,正社員・役員を含めて,わが国のほとんどの人々が,経済的にも精神的にも,実は,自立ができていないことを意味することになります。

そのように考えると,これまでのわが国の教育が,そのような従順な会社人間を育てることを目指してきたこと,少なくとも,それでよしとしてきたことに対して,根本的な変更を迫ることになるように思われます。

第2部(深町隆「オリンパス事件の真相」)

第2部では,事件の発端から,顛末に至るまで,実名も含めて,内部情報が暴露されています。

本書を読んでいて,私が一番印象に残った箇所は,私のような財務諸表を読めない素人にとっても,事件の核心となった「巨額の損失隠し」を秘密裏に処理する「飛ばし」の意味が,以下のように,段階に分けて,見事な比喩で説明されている箇所です(本書156-161,162-172頁)。

少し長くなりますが,原文を引用します。(なお〔 〕の部分は,私の補足です。また,山一証券の「飛ばし」の実態については,[国広・修羅場の経営責任(2011)]を参照ください。)

飛ばしの解説第1段階(本書157-158頁)

 「飛ばし」とは,〔バブル期の財テク等で,〕含み損の生じた金融商品を第三者に簿価で転売し,表面上は損失の計上を回避する経済行為である。わかりやすい例で説明しよう。
たとえば,Aさんが,奥さんに内緒で株式1000万円投資している。しかし,相場の低迷で不幸にも100万円に値下がりしてしまった。奥さんには怖くて言い出せない。そこで,知り合いのBさんにお願いして,保有している株式を簿価の1000万円で買い取ってもらうことにした。
もちろん,Bさんがタダではこんな取引に応じることはない。資金の1000万円はAさんが銀行に債務保証し〔Aさんは信用がある〕,Bさんに借りてもらった。Bさんはそのお金でAさんから株式を買い取る。これによって,Aさんは表面上,含み損が消える。Aさんの含み損は銀行からの借金に変わった格好となる。
一方,Bさんはいつまでも含み損を抱えた株式を保有しておくわけにはいかない。そのため,Aさんは一定期間にBさんに迷惑料を付けて,株式を買い戻す。その間に相場が回復しない限り,含み損は生じたままである。今度は,AさんはCさんという別の友人に頼み,Bさんと同様に含み損を抱えている株式を簿価で買い取ってもらった。
このように,含み損を抱えた金融商品を延々と飛ばし続けるから,「飛ばし」という名前がついている。

飛ばしの第2段階(本書162-163頁)

 オリンパスは,海外に簿外ファンド(投資事業組合〔Limited Partnership〕:GCNVV)を設立し,含み損を抱えた金融資産を飛ばしたが,これは,Aさん,Bさんの例を借りれば,Aさんの含み損が銀行からの借金に変わったのと同じことだ。この借金はいつか返済する必要がある。
しかし,ただ,単に借金を返済すれば,「あなた,何をやってんの」と奥さんに損失隠しが発覚する恐れがある。
そこで,Aさんは,100万円の価値しかない絵画〔オリンパスの場合では,アルティス,ヒューマラボ,ニューズシェフという零細三社〕をBさんから1000万円で買い取り,Bさんに900万円を渡す。Bさんはその900万円に,持っている株式を売って得た100万円を合わせ,1000万円を銀行に返済すれば,すべての取引は終わることになる。あとは,奥さんに絵画の本当の価値がバレないよう,天に祈ればよい。
オリンパスの一連の粉飾決算は,上記の取引を,舞台〔装置:GCNVV〕を世界のタックスヘイブン(租税回避地)に替えて,グローバルな規模で行ったことにほかならない。

そのほかの損失隠しの手の込んだやり方については,本書を読んでもらうほかありませんが,このような損失隠しは,2チャンネル,闇壁新聞等によって,その存在が気づかれるようになり,筆者らの活躍によって,最終的には,オリンパスが損失隠しを公表し,生き残りのための改革を迫られることになります。

本書によって,私たちは,内部告発の意味を多面的にとらえることができるばかりでなく,内部通報は,「裏切り」行為ではなく,むしろ,組織の中枢にいる権力者が,社会を裏切って行っている不正行為と腐敗を防止するための正当な行為であり,内部通報は,正規の社会的制度として位置付け,守り育てていくことが必要であることを理解できるのではないでしょうか。

その意味で,わが国で最初の内部通報者となった串岡弘昭氏の「本来なら(闇カルテルを結んだ)経営者が会社から出ていかなければならないはずなのに。」(本書55頁)という述懐は,不正事件に共通する課題として,今なお大きな意味を有していると思われます。

本書の課題

本書は,とても素晴らしい本なのですが,私が,人に本書を推薦するうえで,引用したくない箇所が一か所だけあります。本書のあとがきの最後の部分ですが,公平を期するために,あえて引用すると,以下の通りです。

 私は今こそ,日本のエリートたちが〔西郷隆盛のような〕サムライの精神を取り戻すことが必要だと,堅く信じている。やれ「ガバナンスだ」,やれ「コンプライアンスだ」と,仕組みばかり作っても何の意味もないことをオリンパスや東芝は示した。要は器ではなく,そこに盛る中身の問題なのだ。
そして,組織の長にサムライの心を持った人々が増えてくれば,自然に社会や国家も治まってくる。若い人たちも「日本も,まんざら悪い国ではない」と思うようになるだろう。隣国の住民たちも,もっと日本が好きになってくれるに違いにない(本書264-265頁)。

アマゾンのカスタマー・レビューでも,上記の個所があるために,評価を1ランク落としたことが,以下のように,記されています。

 第2部の,現役社員から見たオリンパス事件も貴重な記述だと思う。ただ,忠誠心やサムライ精神の問題でない(忠誠心があれば告発しにくいだろうが、それでいいのか?おそらく不祥事は万国共通で,サムライ精神なきが故ではない),といった一部内容に問題がある点で星1つ減らし、星4つ。

あとがきの最後の方の上記の部分は,まさに,蛇足であり,この部分がなければ,本書の価値は,さらに増したと思いますので,とても残念です。

参考文献

・今沢真『東芝 不正会計 底なしの闇』毎日新聞出版(2016/1/30)
・岸見一郎=古賀史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社(2013/12/12)
・岸見一郎=古賀史健『幸せになる勇気』ダイヤモンド社 (2016/2/26)
・串岡弘昭『ホイッスルブローア=内部告発者 -我が心に恥じるものなし-』桂書房(2002・3・13)
・国広 正『修羅場の経営責任-今,明かされる「山一・長銀破綻」の真実』文春新書(2011/9/20)
・宮本一子『内部告発の時代-組織への忠誠か社会正義か』家伝社(2002/5/16)