債務不履行と帰責事由との関係(履行不能のドグマの解消=債務不履行法・革命)


債務(契約)不履行と帰責事由との関係


目次
Ⅰ 問題の所在
Ⅱ 債務不履行の効果と帰責事由との関係
1.債務不履行責任のうち,損害賠償責任についてのみ,帰責事由(故意または過失)が必要とされるのはなぜか?
2.帰責事由(故意または過失)は,損害賠償責任の要件ではないとする最近の有力説(潮見説)の矛盾
Ⅲ 履行不能のドグマの消滅(履行遅滞および履行拒絶による履行不能概念の吸収・消滅)
1.民法415条第2文(履行不能の部分)は必要か?
2.民法543条但し書き(履行不能の場合の解除の障害要件)は必要か?
 結論
Ⅴ 参考文献


Ⅰ 問題の所在


わが国の債務不履行は,民法415条第1文は,債務不履行の一元説を採用した非常によくできた規定なのですが,その2文(下線部分)で,「履行不能」を特別扱いしているために,「履行不能のドグマ」によって理論的な混乱が生じる原因を作り出してきました。

第415条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。

なお,「履行不能のドグマ」とは,広義では,債務不履行の類型の中で,「履行不能」だけを特別扱いすることをいい(上記の民法415条の第2文の下線部,次に述べる民法543条の但し書きがその典型例),狭義では,債務者に帰責事由がない場合において,「履行不能」を債務不履行の一般法理の適用から除外する以下のような法理のことをいいます。

1.原始的不能の場合は,債務不履行の問題ではなく,無効の問題とする。
(1) 原始的全部不能の場合は,契約を無効とする(ドイツ民法第306条がこの立場をとっていたが,債務法改正によって,無効ではなく,債務不履行とすることに改正された)。
(2)  原始的一部不能の場合は,一部無効の問題とし,法定責任としての瑕疵担保責任を適用する(わが国の従来の通説の見解。現在では,少数派となっている)。
2.後発的不能の場合は,債務不履行ではなく,危険負担の問題とする。
(1) 後発的全部不能の場合は,危険負担における目的物の滅失として処理する。
(2) 後発的一部不能の場合は,危険負担における目的物の損傷として処理する。

また,民法543条但し書き(下線部分)は,「契約の目的を達することができない」場合であって,本来の契約解除の要件を満たしているはずの「履行不能」の場合であっても,債務者に帰責事由がない場合には,契約の解除を認めていません。

第543条(履行不能による解除権)
履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただしその債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない

しかも,現行民法の中で,最も不合理な規定である民法534条(下線部分)から始まる危険負担の問題として処理することにしたため,債務不履行に関する効果について,大きな混乱を生じさせる原因を作り出してきました。

第534条(債権者の危険負担)
①特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において,その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し,又は損傷したときは,その滅失又は損傷は,債権者の負担に帰する
②不特定物に関する契約については,第401条〔種類債権〕第2項の規定によりその物が確定した時から,前項の規定を適用する。

そこで,本稿は,以下の二つの方向性を推進することによって,「履行不能のドグマ」を完全に解消し(すなわち,上記の条文の下線部分をすべて削除するのと同様の結果をもたらす解釈論を展開する),もって,わが国の債務不履行法をシンプルで国民一般にとってわかりやすくすることを試みることにします。

・ 一方で,民法(債権法)改正案によって,危険負担の債権者主義を採用してきた悪名高い民法534条,535条の削除が実現される予定となったことを契機として,この考え方を推し進めます。すなわち,「履行不能」も債務不履行のひとつに過ぎないのであり,これを特別扱いせず,債務者に帰責事由がない場合に,これを危険負担の問題として,解除を認めないとする考え方を廃し,債務者に帰責事由がない場合であっても,「契約をした目的を達することができないとき」は,債務不履行の一般原則に従って,常に,契約の解除を認めることにします。

・ 他方で,民法(債権関係)改正案が「履行拒絶」という概念を採用し,「履行遅滞」と「履行拒絶」によって,定義が困難な「履行不能」概念を不要とすることが可能になりました。それにかかわらず,民法(債権関係)改正案の立法者が,「履行不能」の概念に固執したために,第1に,債務不履行概念間の重複と矛盾,第2に,「社会通念」という無意味な概念による「履行不能」の定義(改正法案第412条の2),および,「帰責事由」の定義(改正案第415条1項但し書き)に伴う混乱など,債務不履行理論の混迷がいっそう深まるおそれがあります。
・ そこで,本稿では,履行遅滞(債務者に履行の意思がある場合)と履行拒絶(債務者に履行の意思がない場合)という二つの明確な概念によって,「履行不能」の概念を吸収・消滅させ,「履行不能」の概念自体を不要とすることを試みることにします(債務不履行法・革命)。


Ⅱ 債務不履行の効果と帰責事由との関係


1.債務不履行責任のうち,損害賠償責任についてのみ,帰責事由(故意または過失)が必要とされるのはなぜか?


債務不履行とほぼ同義の契約不履行の効果は,以下の3つに分類されています。

・第1に,契約の拘束力そのままに履行の強制を認めるという効果(民法414条)。
・第2に,契約の拘束力そのものを否定して,当事者を契約の拘束力から解放すること,すなわち契約の解除を認めるという効果(民法540条~548条)。
・第3に,契約の拘束力をみとめつつも,その拘束力を変形して,金銭による損害賠償を認めるという効果(民法415条)。

これらの効果が認められるために,その要件として帰責事由が必要なのかどうか,それぞれの効果ごとに分析を試みることにします。

(1) 強制履行には,帰責事由は不要である(通説と同じ)

帰責事由との関係では,契約の拘束力をそのまま認める効果である強制履行に関しては,そもそも,帰責事由は問題になりません。なぜなら,契約の本旨に従った履行を求めるに過ぎないのであるからです。

したがって,履行期に任意の履行がなければ,債務者の帰責事由の有無とは無関係に履行の強制を求めることができます。

(2) 契約の解除にも,帰責事由は不要(新しい考え方)

契約の解除は,契約の拘束力そのものを否定するものですから,その要件は,契約の拘束力を認めることが無意味になったこと,すなわち,契約利益の喪失,または,契約目的の不達成がその要件となります。

履行強制の場合と同様,契約の解除の場合にも,債務者の帰責事由は問題となりません。債務者に帰責事由が存在してもしなくても,契約が意味を失った場合には,その拘束力から契約当事者を解放することが必要だからです。したがって,契約解除の場合には,帰責事由とは無関係に契約の解除が認められます。

これが,民法(債権関係)改正案をはじめ,世界的に主流となりつつある新しい考え方です。ところが,従来のわが国の民法の条文,および,学説は,契約解除の場合であっても,民法543条但し書きの規定に従って,債務者に帰責事由なない場合には,契約解除ができないと考えてきました。

しかし,債務者に帰責事由がない場合においては,民法534条以下の危険負担の規定が適用されるのであり,危険負担の原則規定(民法536条)に従うと,債権者に帰責事由がない場合には,民法536条1項によって,債権者は反対給付を受けることができないのですから,その結果は,契約解除が認められたのと同じです。

第536条(債務者の危険負担等)
①前2条に規定する場合を除き,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を有しない
②債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者は,反対給付を受ける権利を失わない。この場合において,自己の債務を免れたことによって利益を得たときは,これを債権者に償還しなければならない。

例外的に,債権者だけに帰責事由がある場合には,上記のように,民法536条2項が適用されるため,契約解除が認められないのと同様の結果が生じます。

しかし,その結果は,契約解除の規定においても,民法548条第1項(解除権の行為等による解除権の消滅)の規定によってカバーされているので,結局のところ,危険負担の原則である民法536条の規定は,民法540条~548条の解除の規定によって,吸収されてしまいます。

第548条(解除権者の行為等による解除権の消滅)
解除権を有する者が自己の行為若しくは過失によって契約の目的物を著しく損傷し,若しくは返還することができなくなったとき,又は加工若しくは改造によってこれを他の種類の物に変えたときは,解除権は,消滅する
②契約の目的物が解除権を有する者の行為又は過失によらないで滅失し,又は損傷したときは,解除権は,消滅しない。

このように考えると,債務者に帰責事由がない場合でも,解除を認めたのと同様の結果が生じていることがわかります。すなわち,債権者のみに帰責事由がある場合であっても,解除権は発生しますが,民法548条に該当する場合には,いったん発生した解除権が消滅すると考えることになります。

このようなシンプルで一貫した解釈の障害となっていたのは,履行不能が生じたとしても,債務者の帰責事由がない場合には,債権者は,なお,反対給付の請求できるとし,契約解除を認めるのとは反対の結論をとっていた,民法534条,535条の規定です。

しかし,これらの規定は,民法(債権関係)改正案によれば,すべて削除されることになっているため,将来的には,履行不能が債務者の帰責事由なしに生じた場合であっても,解除を認めるという考え方をとることに,障害はなくなります。

民法(債権関係)改正案(2015年3月31日国会提出法案)
第534条(債権者の危険負担) 削除
第535条(停止条件付双務契約における危険負担) 削除

したがって,現行法の解釈を含めて,現在の新しい学説においては,履行不能の場合についても,「危険負担における債権者主義」については,これを極力制限的に解釈し,契約解除に関しては,債務者の帰責事由の有無は問題とならず,契約解除ができるかどうかは,債務不履行によって,「契約をした目的を達することができない」(民法542条,566条1項の文言参照)状態となっているかどうかだと解釈することができます。

すなわち,契約解除の統一的な要件は,契約不履行によって,「契約をした目的を達することができない」場合のみであるということができます。つまり,次に述べる損害賠償の場合とは異なり,契約解除の場合には,帰責事由は解除の要件から完全に脱落させることができます。

(3) 損害賠償の場合にのみ,例外的に,帰責事由が必要(通説と同じ)

通常は,債務不履行とは,契約不履行に限定して考えられています。このため,不法行為に基づく損害賠償責任は,債務不履行には含まれないと一般に考えられています。しかし,民法におけるパンデクテン方式の理論を厳密に適用すると,民法415条は,債権各論を含む総論に位置しているのですから,債務不履行責任には,不法行為に基づく損害賠償責任も概念上は含まれていることになり,それゆえに,債務不履行に基づく損害賠償責任には,債務者(加害者)に帰責事由(故意または過失)が必要であると考えることができます。

契約不履行に基づく損害賠償の場合に,帰責事由が必要であると考えられてきた理由は,契約不履行に基づく損害賠償請求は,債務の本旨に従った履行に代えて,金銭での履行を求めるものであり,このことを契約の拘束力だけでは説明できないからです。

むしろ,契約不履行に基づく損害賠償責任は,契約の拘束力そのものからは生じないのであって,不法行為に基づく損害賠償の場合と同様に,債務者を非難するに値する事由としての帰責事由(故意,または,過失)が必要と考えるべきでしょう。


2.帰責事由(故意または過失)は,損害賠償責任の要件ではないとする最近の有力説(潮見説)の矛盾


ところが,最近では,債務(契約)不履行責任のうち,損害賠償責任と帰責事由との関係について,債務(契約)不履行に基づく損害賠償責任を追及するには,契約自体から生じる拘束力とは別の意味での帰責事由(故意または過失)は必要ではなく,契約の拘束力自体から説明できるとする説,すなわち,契約によって債務者は債務不履行から生じる危険を引き受けており,その危険が発生した以上,債務者の帰責事由(故意または過失)とは無関係に,契約の拘束力自体から,債務者が損害賠償責任を負う理由を説明できるとする以下のような説が有力に主張されています。

契約上の債務につき,債務者の行動自由の保障を基礎に吸えた過失責任の原理は,もはや損害賠償を正当化する原理としての地位を滑り落ちる。それに代わって,ここでは,契約の拘束力を損害賠償の正当化原理として基礎に据え,「債務の本旨に従った履行をしなかった債務者は,契約を守らなかったことを理由に,債権者に生じた損害を賠償する責任を負わなければならない」というのが適切である。([潮見・債務不履行の帰責事由(2016)640-641頁])

(1) 債務の本旨に従った履行請求と,損害賠償請求とは性質が異なる

しかし,先に述べたように,債務不履行に基づく損害賠償責任は,債務の本旨に従った履行の請求ではなく,それに代えて,債務者に金銭による損害賠償債務を負担させるものであり,契約の拘束力からだけでは導くことはできないのです。そのことを端的に示しているのが,民法419条第3項の規定です。

第419条(金銭債務の特則)
金銭の給付を目的とする債務の不履行については,その損害賠償の額は,法定利率によって定める。ただし,約定利率が法定利率を超えるときは,約定利率による。
②前項の損害賠償については,債権者は,損害の証明をすることを要しない。
③第1項の損害賠償については,債務者は,不可抗力をもって抗弁とすることができない

金銭債権の場合,その債務不履行に基づく損害賠償(法定利息)と,もともとの本旨に従った履行とは,同じ金銭債権であって,厳密な区別は不要です。したがって,金銭債権の場合には,債務不履行が生じた場合に,その損賠償責任は,もともとの債務の履行強制(帰責事由は必要としない)と同様に扱ってよいことになります。したがって,民法419条は,金銭債権の場合の損害賠償責任には,帰責事由は要件とならず,したがって,「不可抗力をもって抗弁とすることができない」と規定しているのです。

《以下,追加》(2016/5/27)
なお,本来の金銭債権の履行と,金銭債権に遅滞分の法定利率に基づく利息を付加した損害賠償請求は,性質が異なるのではないかとの疑問が生じるかもしれません。しかし,この点については,現在の価値と将来の価値とを変換する「現価(現在価値)」という概念を介在させると,両者の等質性を理解することができます。

たとえば,逸失利益は,将来的に生じる損害を現在価値に変換したものをいうのですが,その際には,逸失利益は,将来価値を法定利率で割り引くという手続きに従って,算定されます。これを中間利息の控除といいます。反対に,現在支払うべき価値を将来に支払う,遅延損害の場合には,現在価値を法定利率で割り増すという手続きに従って,算定されます。これが,金銭債権における損害賠償の意味です。

したがって,逸失利益における中間利息控除と中間利息の控除との両者を等質のものとして認めるのであれば,金銭債権の遅延賠償と債権額を法定利率で割り増すことの両者をも,等質のものとして認めるべきです。
《追加,終了》(2016/5/27)

 (2)  帰責事由と「故意または過失」とは,同じことである

このように考えると,金銭債権の例外を除いて,債務の本旨の履行請求と,債務不履行を非難して金銭債権の支払いへと転化させる損害賠償請求(金銭債務の履行)とは性質が異なることが,理解できます。したがって,債務の履行請求の場合とは異なり,債務不履行に基づく損害賠償請求権(金銭債務の履行請求)の成立には,債務不履行に加えて,債務者に対する非難可能性としての帰責事由が必要であることがわかります。そして,帰責事由とは,不法行為に基づく損害賠償請求権の要件における「故意または過失」であると考えるのが,従来の通説であり,それをあえて変更する必要はありません。

たしかに,潮見説は,民法(債権関係)改正中間試案の補足説明」に即して,帰責事由と「故意または過失」とは異なるとして,その理由を以下のように述べています([ 潮見・債務不履行の帰責事由(2016)646頁])。

裁判例の分析を通じて,裁判実務においても,「債務者の責めに帰すべき事由」が,債務者の心理的な不注意契約を離れて措定される注意義務の違反といった,本来の意味での過失として理解されていないことが指摘されている。

そして,部会の審議においても,契約による債務の不履行による損害賠償につき免責を認めるべきか否かは,契約の性質,契約をした目的,契約締結に至る経緯,取引通念等の契約をめぐる一切の事情から導かれる契約の趣旨に照らして,債務不履行の原因が債務者においてそのリスクを負担すべき立場にはなかったと評価できるか否かによって決せられるとの考え方が,裁判実務における免責判断の在り方に即していることにつき,異論はなかった。

しかし,以上の見解は,従来の不法行為に基づく損害賠償請求における過失概念を曲解するものであって,とうてい賛成できるものではありません。

なぜなら,現在における不法行為学説においては,潮見説を含めて,過失を「単なる心理的な不注意」であるとする説はもはや存在しませんし([潮見・不法行為法Ⅰ(2009 )277-278頁]),契約責任と不法行為責任とが競合する場合(たとえば,医療過誤訴訟など)における過失の認定において,「契約を離れて措定される注意義務の違反」を過失と考える学説も現存しないからです([潮見・不法行為法Ⅰ(2009 )332-333頁])。

契約と不法行為とが競合する不法行為事件(たとえば,医療過誤に関する不法行為事件)の場合には,裁判実務においても,過失を判断するに際して,「契約(たとえば診療契約)の性質,契約をした目的,契約締結に至る経緯,取引通念等の契約をめぐる一切の事情(たとえば,医療水準)から導かれる契約の趣旨に照らして」,不法行為者(債務者)の注意義務違反としての過失の判断がなされているのであって,不法行為における過失の意味を「契約を離れて措定される注意義務の違反」解する見解は,もはや存在しません。

それにもかかわらず,債務(契約)不履行に基づく損害賠償責任を契約の拘束力から導き出そうとする考え方は,以下に述べるように,損害賠償責任の制度趣旨に反するばかりでなく,論理的矛盾に陥ることになります。

(3) 損害賠償責任は「契約の拘束力」からだけでは説明できない

第1に,先に述べたように,契約の拘束力は,債務の本旨に従った履行がない場合にそれを強制する場合にのみ妥当します。これとは異なり,債務の本旨に従った履行の代わりに,損害賠償を請求する場合には,その要件として,不法行為に基づく損害賠償の場合と同様に,債務者に対する非難可能性の要件として,帰責事由(故意または過失)が必要となると考えるべきです。

たとえば,金銭での支払いを望まない当事者が物々交換の契約をしたとしましょう。一方の当事者が契約不履行をした場合に,契約の拘束力とか,契約の趣旨から,当事者が避けようとした金銭の支払い,すなわち,金銭による損害賠償をするという拘束力を説明できるのでしょうか。金銭賠償を義務付けるには,契約不履行に陥った債務者に故意または過失があるという帰責事由が必要だと思われます。

したがって,債務者に帰責事由がない場合,すなわち,債務者が契約の本旨に従って相当な注意を払って行動している場合には,債務者には,非難可能性はなく,債務の本旨に従った履行に代わる損害賠償責任を追及することはできません。

契約不履行に基づく損害賠償責任は,債務者に非難可能性がある場合にのみ効果を生じるものであり,債務の本旨に従った履行責任,すなわち,契約の拘束力とは,その制度趣旨を異にしています。

(4) 天変地異の場合の損害賠償責任の免責は,債務者に帰責事由がないからであって,債務者が危険を引き受けているかどうかとは無関係

第2に,債務者に帰責事由(故意または過失)がない場合,たとえば,天変地異の場合には,債務者は債務不履行責任を免れることについては,最近の有力説も,異論を唱えていません。

しかし,天変地異について,落雷によって損害が発生した場合はどうか,震度5の地震によって損害が発生した場合はどうか,さらに,震度5の地震が何度も繰り返された場合はどうか,震度6の地震の場合はどうか,それが繰り返し生じた場合はどうか,震度7の地震の場合はどうか,震度8の地震の場合はどうか,震度9の地震の場合はどうかというように細かく見ていくと,当事者がどの場合についてまで危険の引き受けをしていたかどうかは,ほとんどの場合に不明であり,この場合には,従来の帰責事由(故意,または,過失)の判断基準による方が,具体的に妥当な結論を導きだすことができます。

危険の引き受けが明確な場合には,通常は,保険を付保するか,損害賠償額の予定をするのであって,その場合には,それ以外に危険の引受けに基づく損害賠償責任は問題となはならないでしょう。

(5) 債務者に帰責事由がない場合に損害賠償責任の免責を認めつつ,帰責事由をその要件として認めないのは論理矛盾

第3に,天変地異の場合に,債務者が免責されるのは,債務者に帰責事由(故意または過失)がないからであると考えないと,要件事実に関する理論に破綻が生じます。

その理由は,天変地異の場合のように,帰責事由(故意または過失)がない場合に,債務者の免責を認めるのであれば,その理論的帰結として,債務不履行に基づく損害賠償責任には,帰責事由(故意または過失)が要件となることを認めざるを得ないからです。

先にも述べたように,債務の履行責任と損害賠償責任との性質が同一である金銭債権の場合には,帰責事由は,損害賠償の要件となりません。金銭債権以外の債権について,不可抗力の場合,すなわち,債務者に責めに帰すべき事由がない場合に損害賠償責任を負わないのは,損害賠償責任と債務の本旨に従った履行責任とが,その性質を異にするからです。


Ⅲ 履行不能のドグマの消滅(履行遅滞および履行拒絶による履行不能概念の吸収・消滅)


債務不履行の効果に関する分析によって,債務不履行の効果のうち,帰責事由が問題となるのは,損害賠償責任の場合だけであり,損害賠償責任に帰責事由が必要とされる理由は,損害賠償責任が,債務者を非難して,債務の本旨の履行とは異なる,損害賠償を求めるものだからであることが明らかとなったと思います。

先に述べたように,わが国の現行民法も,また,従来の学説も,債務不履行のうち,履行不能だけを別扱いにして,履行不能の場合には,損害賠償責任の場合ばかりでなく,契約解除の場合にも,解除の要件として,帰責事由を要求してきました。

しかし,この考え方は,民法(債権関係)改正案による危険負担の規定(民法534条,535条)の削除を通じて克服されつつあり,現行法の解釈としても,履行不能の場合には,帰責事由がない場合であっても,民法536条第1項の解釈を通じて,契約解除ができるのと同じ結果を導くことが可能となっています。

つまり,契約解除の要件は,先に述べたように,「契約をした目的を達することができない」場合であり,かつ,その場合に限るのですから,履行不能の場合には,常に,契約解除ができることになるのです。なぜなら,履行不能は,常に,「契約をした目的を達することができない」場合に該当するからです。

このように考えると,危険負担の規定が,契約解除の規定によってすべて吸収されるのと同様に,履行不能の規定も,すべて,履行遅滞の規定に吸収される可能性があります。そうすると,民法415条第2文の規定も,また,民法543条但し書きの規定は,もはや,不要であって,削除すべきではないかとの疑問が生じることになります。

1.民法415条第2文(履行不能の部分)は必要か?

民法415条第1文は,債務不履行を「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」として,一元的に定義した世界に誇るべき規定です。

ところが,従来の見解によると,債務の本旨に従った履行をしないときとは,具体的には,(1) 履行遅滞,(2) 履行不能,(3) 不完全履行の三つに分類されてきました。

しかし,危険負担における債権者主義の規定が削除されることが明らかになりつつある現在において,履行不能を特別視する必要も,なくなりつつあります。

Non-Performance1s

その理由は,以下の通りです。

第1に,履行不能かどうかは,時代の変遷によって変化し,定義することが困難です。たとえば,従来は,船舶で輸送していた商品について,その船舶が沈没した場合には,履行不能が生じると考えられてきました。しかし,サルベージ技術が発達した今日においては,船舶を含めて海底から引き上げることが容易となっており,費用の低下を含めて,必ずしも,履行不能とはいえないようになっています。また,修復技術の発達により,これまで,履行不能と考えられてきた場合についても,履行が可能となりつつあります。さらに,3D プリンタが進化すれば,完全に滅失した商品についても,設計図さえあれば,再生させることも可能となるでしょう。このように考えると,履行不能を厳密に定義することは不可能に近いことがわかります。

第2に,履行不能は,債権者が主張・立証すべき証明主題であるが,履行不能の事実は,通常,第三者,または,債務者の危険領域で生じるので,債権者が履行不能を証明することは,非常に困難です。

しかし,そもそも,債権者が債務不履行を証明する必要は存在しないのです。なぜなら,債権者は,履行遅滞を主張・立証すれば,定期行為の場合には,即時に解除ができるし(民法542条),そうでない場合でも,相当の期間を定めて催告をし,それでも履行がなければ,契約の解除ができるからです(民法541条)。しかも,債務不履行が,履行不能に該当する場合であれ,履行拒絶に該当する場合であれ,それらの事情とは無関係に契約を解除することができますし,契約解除をせずに,遅延賠償,および,填補賠償を請求することもできます。したがって,債権者にとって,履行不能を主張・立証する必要は皆無なのです。

さらに,従来ならば,債務者に帰責事由がない場合には,債務者が履行不能を主張・立証すれば,契約解除を免れることができましたし,しかも,民法534条が適用される場合には,目的物の引渡しができないにもかかわらず,債務者は,反対給付を取得することまで可能でありました。

ところが,民法(債権関係)改正を通じて,民法534条は削除されることになり,債務者の帰責事由は,契約解除の要件としては不要となるのですから,債務者にとっても,履行不能を主張・立証する利益はなくなっています。

第3に,民法(債権関係)改正によって,債務不履行の三分類に加えて,履行拒絶が明文で規定されることになると,履行不能の要件は,理論上も不要な概念となってしまいます。

Non-Performance2s

なぜなら,履行不能は,履行遅滞(履行期に履行がないが,債務者は遅れてでも履行しようとする履行の意思がある場合),または,履行拒絶(履行期に履行がなく,債務者に履行する意思がない場合)のいずれかに吸収され,履行不能の概念自体が,独立性を失っているからです。


2.民法543条但し書き(履行不能の場合の解除の障害要件)は必要か?


先に述べたように,現在においても,また,民法(債権関係)改正が実現した場合においては,なおさらのこと,債権者にとっても,また,債務者にとっても,履行不能を主張・立証する利益は存在しません。しかも,履行不の野概念自体が,履行遅滞,または,履行拒絶に吸収されるのですから,民法において,履行不能について規定する必要性はなくなってしまいます。

このように考えると,将来的には,債務不履行の定義は,民法415条の1文のみで足り,第2文は不要な規定として削除されるべきです。また,危険負担の債権者主義に該当する民法534条,545条が削除されるばかりでなく,履行拒絶概念が民法に明文で規定されることになるため,履行不能の概念は,履行遅滞,または,履行拒絶に完全に吸収されることになるため,民法543条但し書きも不要となって,削除されるべきことになります。

Non-Performance3

以上のプロセスを通じて,わが国の民法における債務不履行責任は,上の図のように,非常にシンプルでわかり安いものへと革新することができることが理解できたと思います。


Ⅳ 結論


以上の考察を通じて,第1に,わが国の債務不履行法について,これまで,特別扱いを受けてきた「履行不能概念」を解消し,履行遅滞と履行拒絶とに吸収させることで,単純明快なものとなることを論証することができたと思います。第2に,債務者の「帰責事由」の要件についても,その要件は,損害賠償責任についてのみ必要であり,債務不履行と帰責事由とは独立の関係にあることも論証することができたと考えます。

これまでの債務不履行法は,債務者に帰責事由がない場合において,以下のような履行不能のドグマに害され,複雑怪奇な理論へと陥っていました。

原始的全部不能の契約は,債務不履行ではなく,無効である
・ドイツ債務法改正によって,全面的に改正されたドイツ民法306条によって,わが国の民法学説は,長くにわたって呪縛され,債務不履行の理論が複雑怪奇となっていた。
原始的一部不能の契約は,債務不履行ではなく,一部無効の理論に基づく法定責任である。したがって,瑕疵担保責任は,不完全履行の問題ではなく,無過失責任としての,法定責任である。
後発的不能の場合,債務者に帰責事由が場合には,債務不履行が問題となるが,債務者に帰責事由がない場合には,債務不履行の問題ではなく,危険負担の問題となり,契約の解除は問題とならない。

この点,債務不履行に関する新しい理論によれば,以上のような債務不履行理論についてのさまざまな制約は解消され,以下のような,シンプルでわかりやすい体系へと進化することができるでしょう。

第1に,債務不履行は,「債務の本旨に従った履行をしなこと」として,現在の民法415条第1文だけで定義されますし,損害賠償責任における債務者の「帰責事由」の必要性についても,履行不能を特別扱いしない但し書にすることで,明確にすることができます。

第415条(債務不履行による損害賠償)(加賀山改正私案)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
ただし,その損害が,債務者の責めに帰すべき事由によるものでないときは,この限りでない。

第2に,債務履行の三分類については,履行期に履行がない場合としての (1) 履行遅滞(債務者に履行の意思がある場合)と (2) 履行拒絶(債務者に履行の意思がない場合),および,履行期に履行があるが,(3) 履行が不完全(履行に瑕疵がある)場合に整理され,「履行不能」は不要となります。その結果,債務不履行に関して,これまで生じていた概念の重複も,遺漏もなくなります。

第543条(履行不能による解除権)(加賀山改正私案)
履行の全部又は一部が不能となったときは,債権者は,契約の解除をすることができる。ただし,その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。

第3に,債務不履行の効果は,従来どおり,強制履行,契約解除,損害賠償の三つですが,その要件は,それぞれ,以下のように異なります。

履行強制(債務の本旨に従った履行を求めるもの)
・履行を強制をすることが不適切な場合(作為債務の場合のように,履行の意思がない債務者に履行を強制することが人権を侵害するおそれがあるとか,ほかの手段によって容易に履行が可能である場合など)を除き,債務者に帰責事由があるかないかを問わず,債権者は,裁判所を通じて,債務者に対して履行を強制できます。
契約解除(目的不達成の契約の拘束力から当事者を解放するもの)
・債務不履行によって,契約をした目的を達することができない場合に限って,債権者は,契約の解除をすることができます。この場合,債務者に帰責事由があるかどうかは,問題となりません。
損害賠償(債務の本旨に従った履行の代わりに,金銭債務の履行を求めるもの)
・債務者に帰責事由がある場合には,損害賠償責任が課せられ,債務者に帰責事由がない場合には,債務者は,損害賠償責任を免れます。
・ただし,金銭債権のように,損害賠償責任と履行責任とが同じ性質を有する場合には,履行強制には,債務者の帰責事由が不要であったのと同様に,損害賠償責任の要件として,債務者の帰責事由は不要です。


Ⅴ 参考文献


・加賀山茂『民法体系1』信山社(1996/10)
・加賀山茂『契約法講義』日本評論社(2007/11)
・「新しい要件事実論の必要性とその構築方法-要件事実論という名の官僚法学との戦い-」明治学院大学法科大学院ローレビュー13号(2010/12)23-49頁
・司法研修所の要件事実論に代わる『新しい要件事実論』の構築のために」法学研究84巻12号(斎藤和夫先生退職記念号)(2011/12)203-240頁
・加賀山茂「民事訴訟法理論の破綻と修復の必要性-法律上の推定の復権という観点からの民訴法学に対する苦言と提言-」明治学院大学法科大学院ローレビュー 20号(2014/03)5-36頁
・加賀山茂『民法改正案の評価-債権関係法案の問題点と解決策』信山社(2015/11)
・加賀山茂「民法改正案における『社会通念』概念の不要性」明治学院大学ローレビュー第23号(2016/03)1-20頁
・加藤正信『迫りつつある債権法改正』信山社(2015年)136頁以下
・潮見佳男『不法行為法Ⅰ』〔第2版〕信山社(2009 )
・潮見佳男『民法(債権関係)改正法案の概要』金融財政事情研究会(2018/08)
・潮見佳男「債権法改正と『債務不履行の帰責事由』」法曹時報 68巻3号(2016/03 )633-663頁