アウトラインプロセッサの利用の薦め


アウトラインプロセッサの効用


文書を作成する際に,皆さんはどのようなエディタをお使いでしょうか。私は,以前に,Macを使っていた頃は,ACTAというアウトラインプロセッサ(アイディアプロセッサともいう)で文章を書いていました。ここでは,Windowsでも利用することができる優れたアウトラインプロセッサであるOliveneEditorを紹介したいと思います。

アウトラインプロセッサとは何か

アウトラインプロセッサ(outline processor or outliner)というのは,文書のアウトライン構造(全体の構造)を定めてから,細部を編集していくために用いられる文書作成ソフトウェアのことです。パソコンで文章を構造化して書くのであれば,このエディタで書くことをお勧めします。

たとえば,以下のように,文章を,第1章,第1節,第2節,第2章,第4節,第5節,結論という構成をしたとしましょう。

第1章 問題提起

第1節 従来の考え方とその問題点

第2節 問題解決のための仮説の提示

第2章 具体的な問題についての解決方法

第4節 仮説による解法と検証

第5節 従来の考え方との差

結論 困難な問題の解決

このような構造化された文章を書く場合に,通常のエディタとか,ワープロを使って書く場合には,初めから順番に書くのが普通でしょう。もしも,途中から書くとなると,それまでのページをスクロールして該当箇所にたどり着かなければならず,しかも,さまざまな箇所を行ったり来たりしている間に,全体の構成がわかりにくくなってしまうことがあります。

この点,アウトラインプロセッサを使って文章を書くと,構造のレベルが,たとえ,編,章,節,款…というように,構造の深さのレベルを深めていくことができますし,不要な章や節を折りたたんで見えなくすることによって,書いている箇所に神経を集中させることができます。

アウトラインプロセッサは,現在書いている以外の部分を一時的に「隠す機能」を有しているため,第1章と第2章を折りたたんで見えなくして,結論に飛んで,そこから書き始めたり,そこで思いついたアイデアをいきなり第2章第4節に飛んで,その部分を書いたりということが,スムーズにできます。

しかも,構造自体が一かたまりとなっているため,たとえば,第2章第4節を,第1章の第3節へと,ごっそりと移転したいという場合にも,それまで書いた第2章4節の文章が,どれほど大量になっていたとしても,クリックして一まとめにして,第1章の最後の箇所に,一瞬で移転することができます。

従来のアウトラインプロセッサの問題点

アウトラインプロセッサは,もともとは,文章を構造化しながら作成するための道具でしたから,出力については,たいした機能をもたず,アウトラインプロセッサで作成した文章は,ワープロを使って印刷すればよいと考えられてきました。

しかし,構造化した文章を出力する際には,たとえ,ワープロを利用するにしても,体裁を整えるなどの面倒な作業はしなくてすむような機能を有していることが必要でしょう。

私が,以前使っていたアウトラインプロセッサは,残念ながらそのような機能を有していなかったために,私は,その後,アウトラインの機能と美しい出力機能を合わせて持つWordのアウトライン機能を使って,文章を作成してきました。

ワープロの付属機能としてのアウトラインプロセッサの問題点

確かに,Wordなどのワープロに付属しているアウトライン機能を使うと,出力との連携が保証されます。しかし,Wordにおいては,アウトラインは,あくまで,付属機能に過ぎないため,レベルが9までに制限されています。したがって,それ以上に深いレベルを必要とする文章には対応できません。

もちろん,通常の論文であれば,構造のレベルが9を超えるようなことは生じないでしょうし,レベルが9を超えるような論文は,複雑すぎて,読み手にとって迷惑となるおそれがあります。

しかし,私は,民法をアウトラインプロセッサを使って体系化し,しかも,わかりやすく記述するという試みを行っています。民法を体系化しようとすると,構造のレベルは,軽く9を超えてしまいます。たとえば,瑕疵担保責任(民法第570条)にいたるまでの経路を辿ってみましょう。

そのレベルは,1. 民法,2. 財産法,3. 債権,4. 債権各論,5. 契約,6. 契約各論,7. 財産権を移転する契約,8. 売買,9. 売買の効力,10. 担保責任というように,レベルが10まで必要なことがわかります。

1 民法

2 財産法⇔家族法

3 債権⇔総則,物権

4 債権各論⇔債権総論

5 契約⇔事務管理,不当利得,不法行為

6 契約各論⇔契約総論

7 財産権移転契約⇔物の利用契約,…

8 売買⇔贈与,…

9 売買の効力⇔買戻し,…

10 瑕疵担保責任⇔追奪担保責任

したがって,私は,レベルを9までしか深めることができないWordを使って,民法を記述することをあきらめました。

OlivineEditor による問題の解決

Wordを使って民法の体系化を実現する試みを断念した私は,Windowsで使えて,構造化のレベルが無限であり,しかも,完成された文章が,面倒な整形を施すことなく,ワープロ等で印刷可能となるアウトラインを探してみました。

すると,OlivineEditorというアウトラインプロセッサが見つかりました。OlivineEditorを試しに使ってみると,アウトライン機能はもちろんのこと,表示機能も優れており,テキストとHTMLとがワン・クリックで入れ替わるだけでなく,HTMLのタグ付のファイルも表示することができるため,出来上がった作品をそのままWebサイトに掲示することができることがわかりました。

印刷されたのと同様の画面にワンタッチで切り替えることができるということは,文章の誤りを見つける上でも非常に有用です。私は,構造化テキストを作成する途中で,常に,ワンタッチでHTMLでの表示画面をみて,見栄えを確認しています。出力画面で自分の書いた文章を読んでみると,テキストで作成していたときには見過ごしていた誤りを発見すことができるからです。

民法全体をアウトラインプロセッサで記述する試み

現在,私は,上記のOlivineEditorというアウトラインプロセッサを使って,民法の体系化と,それぞれの項目の解説文を作成中です。

構造化が無限にできること,作成した構造がWindowsのプロンプトを使って美しいツリー構造に表現できること,解説文を作成する段階で最終的な出力画面を見ながら誤りの訂正に気づくことができることなど,OliveneEditorの機能がとても気に入っています。

そして,このアウトラインプロセッサを使ってみると,自分の知識を構造の中のどの部分に蓄積すると知識が効率的に伝達できるかが発見できることに気づきました。全体の知識の中で,部分的な知識がどのように位置づけられているかについて,ツリー構造で一覧できるOliverEditorは,Windowsのシステムの下で体系的な文章を作成するのに最も適したアウトラインプロセッサではないかと,私は考えています。

民法における体系的思考の第一歩としての第一編第一章(通則)


民法における体系的思考の第一歩
-「通則」とは何か


民法の目的

民法の目的は,世の中に生起する民事事件(紛争の目的が,加害者に刑罰を与えるかどうかが争われる事件ではなく,紛争の目的が,被害者に救済を与えるべきかどうかが争われる事件)を,「平和的に」(すなわち,力で解決するのではなく,ルールによって),かつ,「合理的に」(すなわち,吹っかけ合いに続く妥協の産物ではなく,合理的な根拠に基づく当事者双方の納得によって)解決するために,紛争解決の一般基準(民法体系)をすべての市民に与えることです。

そのような平和的な紛争解決の一般基準(民法体系)に従って紛争を解決することが,なぜ望ましいかというと,そのことを通じて,民法の究極の目的としてわたくしたちがが希求すべき,「公共の福祉」と「個人の尊厳と両性の本質的平等」(憲法第13条,第24条)とを同時に実現することができるからです。

 民法第1条と第2条との関係

民法第1条は,公共の福祉を実現するために,私権の公共の福祉への適合性(第1条第1項),契約自由の信義則による制限(第1条第2項),権利の濫用の禁止(第1条第3項)というように,私権を制限する方向で規定を行っています。

これに対して,民法2条は,第1条を前提としつつも,私権が市民に与えられる目的が,個人の尊厳と両性の本質的平等を実現するためであることを明らかにしています。

このように,民法第1条と第2条とは,お互いに補い合って,公共の福祉,および,個人の尊厳と両性の本質的平等とを同時に実現しようとしています。

民法第1編(総則)第1章の「通則」の意味

現行民法(明治29(1986)年法律第89号)が公布されときの民法第1条は,「私権の享有ハ出生に始マル」でした。この規定は,現在は,民法第3条第1項に移されていますが,これが,立法当初の民法の最初の条文でした。

ここでのタイトルである「第1章 通則」という章立て自体は,民法の立法当初はもちろんのこと,1947年の民法大改正を経た後にも,実は,存在しなかったのです。

「第1章 通則」という章立ては,2004年(平成16年)12月1日に公布され,2005年(平成17年)4月1日に施行された「民法の現代語化」の際に,現行民法に追加されたものです。このように,「第1章 通則」の章立て自体は,2004年の現代語化以降の産物なのです。

ただし,そに含まれる条文である,民法第1条第1項(私権の公共の福祉適合性),第2項(信義則),第3項(権利濫用の禁止)と,第2条(個人の尊厳,両性の本質的平等)は,それ以前の昭和22(1947)年の民法大改正(主として民法第四編第五編(親族・相続編)の大改正の際に追加されたものですので,民法に追加された条文としては,最も長い歴史を有しています。

一般的な意味での通則とは何か

ところで,民法第1編(総則)第1章のタイトルである「通則」とは,どのような意味なのでしょうか。

結論を先取りして述べると,「通則」とは,メタ規範,すなわち,上位規範という意味です。

通則という用語が用いられている典型的な例としては,「通則法」(正式名は,「法の適用に関する通則法」)があり,その規定の特色を理解すると,「通則」の意味が明らかになります。

通則法は,その第2条で,法律の効力の発生時期について,以下のように定めています。

すべての法律の効力は,公布の日から起算して20日を経過した日から施行する。

この法律は,すべての法律について,その効力を規定している(法律は国会の議決を経ても,その段階では,原則として,効力を有せず,施行の時から効力を生じる)のであるから,すべての法律の上位法,すなわち,メタ法律なのです。

CivilLawMap4sまた,通則法第3条は,すべての慣習法とすべての制定法との関係について,以下のように定めています。

公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は,法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り,法律と同一の効力を有する。

さらに,通則法,第4条以下で,準拠法に関する通則(国際私法)を定めています。

国際私法がなぜ,通則法に納められているかというと,国際私法とは,国際結婚・離婚とか,国際取引とかの国際事件について,その事件について,日本法を適用すべきか,それとも,外国法を適用すべきか,もしも,外国法を適用するとすると,どこの国の法律を適用するかを定めているからです(国内の民事事件であれば,民法が適用されますが,渉外事件の場合には,通常なら適用される民法の規定が,外国法の適用が優先されることによって,効力を生じないことがあります)。

このようにすべての法律(第4条以下については,すべての外国法が含まれます)について,外国法を適用すべきか,日本法を適用すべきかという,個々の法律を超えて,適用すべき法律を決定する上位法(メタ法)は,通則法と呼ばれるのです。

民法第1編(総則)第1章(通則)の意味

民法第1編は総則であり,総則は,各則の上位規範です。そして,その総則を含めて,民法のすべての条文の上位に君臨するのが,第1章の通則として位置づけられている民法第1条(基本原則)と民法第2条(解釈の基準)です。

CivilLawMap5s憲法が法律の上に位置する上位規範であることは,憲法第10章(最高法規)の第98条において,以下のように宣言していることからも明らかです。

 ①この憲法は,国の最高法規であつて,その条規に反する法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない。

なお,わが国において,法律(約2,000件弱),政令(約2,000件強),府令・政令(約4,000件弱),規則(約300件強)が,正確に何件存在するのかについての最新情報を知りたければ,総務省の「法令提供システム」の「お知らせ」 のページを参照するとよいと思います。

憲法がすべての法律の上位規範であるように,民法においても,民法総則の最初に位置する「通則」の規定は,民法のすべての規定の「ただし書き」であるかのように,民法のすべての規定に対して,その効力を制限したり,解釈の基準を示す働きをしています。

たとえば,契約自由の原則は,民法91条(任意規定と異なる意思表示),民法420条(賠償額の予定)によって,当然に認められており(いわゆる「もちろん解釈」),2015年に国会に提出された,民法改正案第521条(契約の締結及び内容の自由)では,以下のように,「契約自由の原則」が明文で規定されることになります。

民法改正案(2015)
第521条(契約の締結及び内容の自由)
①何人も,法令に特別の定めがある場合を除き,契約をするかどうかを自由に決定することができる。
②契約の当事者は,法令の制限内において,契約の内容を自由に決定することができる。

CivilLawMap9sしかし,このような民法の基本的な考え方とか条文案も,民法1条,2条の「通則」によって,制限を受けます。

その意味で,第1条,および,第2条は,民法のすべての規定の上位規定(メタ規定)という意味で,「通則」と名づけられているのです。

民法以外における「通則」規定の意味と課題

参考までに,商法も,第1編(総則)の第1章は,通則とされています。第1条第2項は,以下のように規定されています。

商事に関し,この法律に定めがない事項については商慣習に従い,商慣習がないときは,民法 (明治29年法律第89号)の定めるところによる。

この規定は,ある事案について,民法の適用と商法の適用が問題となったときには,特別法である商法が一般法である民法に優先して適用されることを宣言したものです。本来は,自らの法が適用されるか,その他の法律が適用されるかを定めるのは,自らが決めることはできないはずです。このような場合こそ,通則法が定めるべき事項なのです。

商法が通則法の代わりに,通則法の役割を果たすことになったのは,わが国おいて,近代法が制定され始めた頃の混乱から,たまたま商法の内部に法例の規定が入り込んでしまったという歴史的な経緯によるものです。

したがって,現代においては,商法第1編(総則)第1章(通則)のうちの第1条,刑法第1編(総則)第1章(通則)の1条~8条の国内犯・国外犯の規定は,法の体系という観点からは,それぞれの個別の法典で規定するのではなく,通則法に移すのが適切であると思われます。

民法第2条と憲法13条,憲法24条との関係

民法第2条が,民法が実現すべき目的として掲げている「個人の尊厳と両性の本質的平等」は,憲法では,第13条と第24条とで以下のように規定されています。

憲法第13条【個人の尊厳,幸福追求権,公共の福祉】
すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。

憲法第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等】
①婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
②配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。

特に,憲法第24条第2項のうちの「家族に関する…の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」という部分こそが,民法第2条が規定された理由です。

民法1条1項と憲法29条2項との関係は,美しい相聞歌にたとえることができます。憲法29条2項の要請を民法1条1項がしっかりと受け止めているからです。

このスタイルが踏襲されるのであれば,民法2条は,憲法24条2項の要請を受け入れて,以下のように規定されるべきであったと思われるというのが,私の見解です。

民法第2条の理想的な条文(改革案)
①この法律の目的は,個人の尊厳と両性の本質的平等を実現することにある。
②この法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として,解釈されなければならない。

しかし,現状では,民法第2条は,理想的な第2条のうちの第2項のみを規定した形となっています。その原因は,民法の家族編には,いまだに,男女の本質的な平等に反する規定が以下のように,数多く残されているからです。

第731条(婚姻適齢)
男は,18歳に,女は,16歳にならなければ,婚姻をすることができない。

第733条(再婚禁止期間)
①女は,前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ,再婚をすることができない。
②女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には,その出産の日から,前項の規定を適用しない。

第750条(夫婦の氏)(実質的な男女不平等:9割の女が夫の氏を称している)
夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する。

第762条(夫婦間における財産の帰属)(実質的な男女不平等:主要な財産が夫の単独名義となっていることが圧倒的に多い)
①夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は,その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
②夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は,その共有に属するものと推定する。

第774条(嫡出の否認)
第772条〔嫡出の推定〕の場合において,夫は,子が嫡出であることを否認することができる。

第775条(嫡出否認の訴え)
前条の規定による否認権は,子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは,家庭裁判所は,特別代理人を選任しなければならない。

第776条(嫡出の承認)
夫は,子の出生後において,その嫡出であることを承認したときは,その否認権を失う。

第777条(嫡出否認の訴えの出訴期間1)
嫡出否認の訴えは,夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。

第778条〔嫡出否認の訴えの出訴期間2〕
夫が成年被後見人であるときは,前条の期間は,後見開始の審判の取消しがあった後夫が子の出生を知った時から起算する。

第779条(認知)(判例による男女不平等の解釈の一般化:母子関係は,認知ではなく,分娩の事実による(最高裁昭和37年判決:最二判昭37・4・27民集16巻7号1247頁))
嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができる。

今後の課題

民法2条を理想的な規定に近づけるためには,上記のような民法の男女不平等の規定を改正するとともに,条文上は,男女平等のように見えて,実は,男女不平等を助長している条文,または,判例によって,男女不平等に解釈されている判例を変更することが必要です。

民法の現状に鑑みると,民法の通則は,以下のように,第1項で,私権の積極的な側面である,私権の目的とその実現について規定し,第2項で,私権の公共の福祉,信義則,権利濫用の禁止に基づく,私権の制限について規定すべきではないかと,私は,考えています。

民法第1編 総則 第1章 通則(改正私案)

第1条(私権の目的と実現の方法)
①この法律は,私人間において,個人の尊厳と両性の本質的平等が実現されることを目的とし,その目的を達成するために,個人の自由の権利を保障するとともに,他人に生じる損害を最も少なくするように配慮する義務について規定する。
②この法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として,解釈しなければならない。

第2条(私権の尊重とその制限)
①私権は,個人の尊厳とともに,公共の福祉に適合するように規定されなければならない。
②権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
③権利の濫用は,これを許さない。

民法が対象とする人の社会が進展し,変化していくものである以上,社会規範である民法も,常に,それをよりよいものへと作り変えていかなければなりません。このことを実現するためにも,民法全体の体系的な理解が必要となります。


 

全体的理解と部分的理解とをどのように調和させるか

 


部分的理解と全体的理解との関係

日本全図,分県地図から住宅地図へ,同様に,民法の目次,条文から判例へ


民法の全体的な理解がないと民事の事例問題は解決できません。しかし,学習する立場からすれば,一挙に全体的な理解に到達することができるわけではなく,部分的な理解から徐々に始めるしかありません。全体的な理解ができていないうちから,事例問題を解かなければならなくなったとすれば,どうすればよいのでしょうか。今回は,この問題を検討してみようと思います。

全体的理解と部分的理解との関係を検討するに際しては,日本全図と分県地図で目的地を探す場合を例にとるのがわかりやすいように思われます。

たとえば,あなたが,日本民法典研究支援センターの会員となり,そこを訪ねることになったとしましょう。目的地の住所を見ると,大分県速見郡日出町となっています。あなたが東京いにいるとして,日本地図を見て,どのような交通機関を使うかを調べてみましょう。大分県が,九州にあり,東京からは,かなり遠いところにあることがわかれば,列車を使うか,飛行機を使うかの選択をしなければなりません。次に,住所が列車の駅から近いか,飛行場から近いかを知らなければなりません。つまり,最寄り駅がどこか,最寄の空港がどこにあるのか,出発点から,到達点までにかかる費用,時間,利便性を考慮して,どのような方法をとるかを決定しなければなりません。

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 日本全図で概要を知る 民法の体系目次で,あたりをつける

大分県は,東京からかなり離れているので,列車で行くか,飛行機でいくかの選択に際しては,日本全図が便利です。しかし,最寄り駅,または,空港に到着してからは,縮尺の大きな分県地図が便利ですし,最後の目的地にたどり着くには,市町村単位の住宅地図の力を借りなければならないでしょう。

民法の学習もこれに似ています。問題解決をするには,問題に適用されるべき民法の条文がどこにあるのかを探さなければならないのですが,いきなり,適用されるべき条文を探すのではなく,その問題が,相続争いの問題なのか,交通事故の問題なのか,契約不履行の問題なのか,大枠で検討をつけるには,民法の目次から探すのが便利です。地図でいえば,日本全図です。

大枠が交通事故などの複数当事者がからむ不法行為事件であるとすると,特別法である自賠法3条のほかに,民法709条から724条までの条文が適用されることがわかります。そのことがわかれば,次に,それらの法律の条文を読んでいくことになる。地図のたとえでいえば,日本全図から的を絞って,分県地図を見ることになります。

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詳細地図で方針を練る 体系目次から条文へとつなげる

適用すべき条文がわかれば,その条文の意味をコンメンタールで調べ,さらに,似たような事件がどのように解決されたかを知るために,その条文についてどのような判例があるのかを調べることが必要です。地図のたとえでいえば,最寄り駅から目的地までの住宅地図を見ながら目的地にたどり着かなければならりません。

法律問題を解くためには,このように,問題解決をするためには,いくつも法律文献を紐解きながら,的を絞っていく必要があります。

最新の地図であるGoogleマップならば,東京から目的地までを一望しておき,交通機関が決まったら,目的の駅なり空港に的を絞り,そこから目的地までの詳細な経路をたどるということになります。

法律の学習も同じことです。第1に,全体像を知るためには,六法の目次を活用して,全体像を把握します。第2に,問題が絞れたら,関連する条文をよく読み,その意味を辞書やコンメンタールで理解します。そして,最後に,その条文に関連する判例のうち,問題となる事件に似たような判例を探し出して,その事件が裁判所で争われたらどのような結果が生じるかを検討します。

このような地道な学習を積み重ねることによって,いきなり,困難な問題に直面した場合にも,その問題を解決すべき条文を探し出し,問題の事例に似た判例を見つけ出して,問題解決の指針とすることができるようになるのです。


 

民法714条の監督義務者の行方(最高裁平成28年3月1日判決の問題点)


民法714条(責任無能力者等の監督義務者の責任)に関する注目すべき最近の二つの判決


未成年者であって責任を弁識する能力を有しない場合(通常は,13歳未満の未成年者の場合),または,精神上の障害により,責任を弁識する能力を有しない場合(認知症,酩酊等を含む場合)に,それらの責任無能力者は,不法行為上の損害賠償責任を負わない(それぞれ,民法712条,713条に規定がある)。その代わりに,それらの責任無能力者を監督する法定の義務を負う者(「監督義務者」という)が,責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(民法714条)。

最近,責任無能力者の監督者責任に関する最高裁判決が2件出され,注目を集めている。一つは,平成27年4月9日の判決(第1判決という),もう一つは平成28年3月1日の判決(第2判決)である。二つの事件ともに,民法714条の責任(責任無能力者の監督義務者等の責任)を否定した点で共通しているが,その理由は異なる。


第1判決(最一判平成27年4月9日判決民集69巻3号455頁)とその問題点


第1判決は,監督義務者がはっきりしている場合について,監督義務者の免責要件を安易といえるほどに緩和したものであり,第2判決は,監督義務者が誰か曖昧な場合について,事件を起こした高齢者の同居の高齢の妻,および,別居の子は,そもそも監督義務者ではないとして,損害賠償責任を否定したものである。

第1判決の事実関係は,小学校でサッカーのゴールキックを練習していた小学生(当時11歳)の蹴ったサッカーボールが,校庭の外に飛び出して道路に転がり,たまたま,自転車でそこを通りかかった高齢者(当時85歳)がそのボールをよけようとして転倒し,それが契機となって死亡したというものである。この事件においては,責任無能力者の監督義務者は,事件を引き起こした子の親権者であることが明らかであるため,訴訟においては,監督義務者は,どのような行為をすれば,責任を免れるかに問題が集中した。

従来は,責任無能力者の監督義務者が免責されるためには,具体的に何をしたかを詳しく証明しなければならず,しかも,ほとんどの場合に,免責は認められなかった。つまり,免責のハードルは,非常に高かったのである。

これに反して,第1判決は,責任無能力者(11歳の未成年者)の行為が,①周囲の状況を考慮に入れても,その状況下において,日常的な使用方法として通常の行為であること,②その行為によって当該結果が生じるということは,常態であったとはいえない場合であること,③責任無能力者の監督義務者が,危険な行為に及ばないよう日頃から責任無能力者に通常のしつけをしていたことを証明すれば,監督義務者は,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきであると判示している。

この判決によれば,子の日常的な通常の行為については,親が,危険な行為に及ばないように日ごろから通常のしつけをしておれば,責任を免れるということになり,被害者救済が困難になるのではないのかとの問題点が指摘されている。


第2判決(最三判平成28・3・1)とその問題点


第2判決の多数意見は,この点を踏まえて,痴呆症に罹患した高齢者(91歳)が引き起こした事件(鉄道会社に生じた事故処理等の損害)について,監督義務者の免責の立証責任を緩和するという方向ではなく,高齢者(85歳)である同居の妻,および,別居の子を監督義務者ではないとして,民法714条の責任を否定した点に特色がある。

この判決については,結論は同じだが,理論構成が異なる二つの「意見」が付されている。それらの「意見」によれば,高齢者である同居の妻の監督者責任は否定するが,別居の子の監督者責任は認めるとしつつも,監督義務者である子は,注意義務を怠っていないとの証明を尽くしているため,結果的に民法714条の責任を免れるとしている。

第2事件の最高裁の多数意見によると,この事件においては,責任無能力者の監督義務者は全く存在しないということになってしまうため,被害者の救済という点からは,問題が生じているといえよう。


第2判決に対する評価


事案の解決としては,多数意見ではなく,その他の意見のように,責任無能力の監督義務者は,どこかに存在するとした上で,監督義務者は十分に注意義務を尽くしたとして免責するか,観点を変えて,被害者側の過失(線路内に通じる戸に施錠するのを怠っており,それが事故の原因となっている)を考慮して,大幅な過失相殺を認めるという方法を選択する方が,現行の不法行為法の救済システムに適合しているのではないかと,私は考えている。

本件の場合,責任無能力者が事件を起こさないためには,介護のシステムを整備すべき公共機関の責任にも注意が向けられるべきであろう。

介護施設が不足したり,その環境が十分に整備されていないために,責任無能力者の家族に過大な負担がかけられている実態を踏まえるならば,介護に専念している家族の責任を軽減する一方で,被害を未然に防止するための公益システムの整備を急ぎつつ,その責任のあり方について検討すべき時期にさしかかっているように思われる。


 

《関連判例紹介》最一判平成27年4月9日判決民集69巻3号455頁(サッカーボールよけ高齢者転倒死亡事件)


2016年3月1日に下された最高裁判決(認知症者線路立ち入り損害賠償請求事件)に関連する判決として,1年ほど前の2015年4月9日に下された最高裁第一小法廷平成27年4月9日判決民集69巻3号455頁(サッカーボールよけ高齢者転倒死亡事件)を紹介する。

日本民法典研究支援センターの編集目標である『日本民法典』においては,各条文ごとに重要判例を付記するが,その際,どの程度の詳しさで判例を紹介するかについては,今後の検討課題である。

しかし,『日本民法典』の編集過程で作成する判例データベースにおいては,以下のような項目を取り上げて作成するつもりである。

なお,今回紹介する判例においては,作成する判例データベースの雛形を意識して,最高裁のホームーページを土台としつつも,そこでは記載されていない重要項目(タイトル,その他の出典,判例評釈,事実関係)については,その項目をイタリックで表記している。


タイトル:最一判平成27年4月9日判決民集69巻3号455頁(サッカーボールよけ高齢者転倒死亡事件)(2015/04/09)
事件番号: 平成24(受)1948
事件名: 損害賠償請求事件
裁判年月日: 平成27年4月9日
法廷名: 最高裁判所第一小法廷
裁判種別: 判決
結果: 破棄自判
判例集等巻・号・頁:民集69巻3号455頁
その他の出典:判時2261号145頁,判タ1415号69頁
判例評釈:田中壯太・NBL1052号81頁,安達敏男=吉川樹士・戸籍時報726号70頁,加賀山茂・旬刊速報税理34巻22号40頁,菊池絵理・法律のひろば68巻7号57頁,小國隆輔・判例地方自治395号90頁,久保野恵美子・法学教室420号52頁
原審裁判所名: 大阪高等裁判所
原審事件番号: 平成23(ネ)2294
原審裁判年月日: 平成24年6月7日
判示事項: 責任を弁識する能力のない未成年者が,サッカーボールを蹴って他人に損害を加えた場合において,その親権者が民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったとされた事例
裁判要旨: 責任を弁識する能力のない未成年者の蹴ったサッカーボールが校庭から道路に転がり出て,これを避けようとした自動二輪車の運転者が転倒して負傷し,その後死亡した場合において,次の(1)~(3)など判示の事情の下では,当該未成年者の親権者は,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。
(1)上記未成年者は,放課後,児童らのために開放されていた小学校の校庭において,使用可能な状態で設置されていたサッカーゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり,殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。
(2)上記サッカーゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみられない。
(3)上記未成年者の親権者である父母は,危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており,上記未成年者の本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。
参照法条: 民法709条,民法712条,民法714条
事実関係:本件の事故は2004年に愛媛県今治市の公立小学校脇の道路で起きた。自動二輪車を運転して小学校の校庭横の道路を進行していたA(当時85歳)が,その校庭から蹴り出されたサッカーボールを避けようとして転倒して負傷し,足を骨折。認知症の症状が出て,約1年半後に肺炎で死亡した。
Aの権利義務を承継した遺族である被上告人Xら(原告,被控訴人,被上告人)が,2007年に,サッカーボールを蹴ったB(当時11歳)の父母であるYら(被告,控訴人,上告人)に対し,民法709条又は民法714条1項に基づいて,約5千万円の損害賠償を求めて提訴した。
原審は,ボールを蹴った当時小学生だったBの過失を認め,その両親であるYらは,ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務があり,Yらはこれを怠ったなどとして,Xらの民法714条1項(監督義務)に基づく損害賠償請求の一部(約1,100万円の損害賠償)を認容したため,Yらが上告した。


全文

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平成24年(受)第1948号
損害賠償請求事件 平成27年4月9日 第一小法廷判決

主文

1 原判決中,上告人らの敗訴部分をいずれも破棄する。
2 第1審判決中,上告人らの敗訴部分をいずれも取り消す。
3 前項の取消部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。
4 第1項の破棄部分に関する承継前被上告人Aの請求に係る被上告人X2及び同X3の附帯控訴を棄却する。
5 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人森本宏,同大石武宏,同小島崇宏の上告受理申立て理由第3の3について

1 本件は,自動二輪車を運転して小学校の校庭横の道路を進行していたB(当時85歳)が,その校庭から転がり出てきたサッカーボールを避けようとして転倒して負傷し,その後死亡したことにつき,同人の権利義務を承継した被上告人らが,上記サッカーボールを蹴ったC(当時11歳)の父母である上告人らに対し,民法709条又は714条1項に基づく損害賠償を請求する事案である。上告人らがCに対する監督義務を怠らなかったかどうかが争われている。

2

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) C(平成4年3月生まれ)は,平成16年2月当時,愛媛県越智郡D町立(現在は今治市立)E小学校(以下「本件小学校」という。)に通学していた児童である。

(2) 本件小学校は,放課後,児童らに対して校庭(以下「本件校庭」という。)を開放していた。本件校庭の南端近くには,ゴールネットが張られたサッカーゴール(以下「本件ゴール」という。)が設置されていた。本件ゴールの後方約10mの場所には門扉の高さ約1.3mの門(以下「南門」という。)があり,その左右には本件校庭の南端に沿って高さ約1.2mのネットフェンスが設置されていた。また,本件校庭の南側には幅約1.8mの側溝を隔てて道路(以下「本件道路」という。)があり,南門と本件道路との間には橋が架けられていた。本件小学校の周辺には田畑も存在し,本件道路の交通量は少なかった。

(3) Cは,平成16年2月25日の放課後,本件校庭において,友人らと共にサッカーボールを用いてフリーキックの練習をしていた。Cが,同日午後5時16分頃,本件ゴールに向かってボールを蹴ったところ,そのボールは,本件校庭から南門の門扉の上を越えて橋の上を転がり,本件道路上に出た。折から自動二輪車を運転して本件道路を西方向に進行してきたB(大正7年3月生まれ)は,そのボールを避けようとして転倒した(以下,この事故を「本件事故」という。)。

(4) Bは,本件事故により左脛骨及び左腓骨骨折等の傷害を負い,入院中の平成17年7月10日,誤嚥性肺炎により死亡した。

(5) Cは,本件事故当時,満11歳11箇月の男子児童であり,責任を弁識する能力がなかった。上告人らは,Cの親権者であり,危険な行為に及ばないよう日

3

頃からCに通常のしつけを施してきた。

3 原審は,上記事実関係の下において,本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ることはその後方にある本件道路に向けて蹴ることになり,蹴り方次第ではボールが本件道路に飛び出す危険性があるから,上告人らにはこのような場所では周囲に危険が及ぶような行為をしないよう指導する義務,すなわちそもそも本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴らないよう指導する監督義務があり,上告人らはこれを怠ったなどとして,被上告人らの民法714条1項に基づく損害賠償請求を一部認容した。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係によれば,満11歳の男子児童であるCが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったことは,ボールが本件道路に転がり出る可能性があり,本件道路を通行する第三者との関係では危険性を有する行為であったということができるものではあるが,Cは,友人らと共に,放課後,児童らのために開放されていた本件校庭において,使用可能な状態で設置されていた本件ゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり,このようなCの行為自体は,本件ゴールの後方に本件道路があることを考慮に入れても,本件校庭の日常的な使用方法として通常の行為である。また,本件ゴールにはゴールネットが張られ,その後方約10mの場所には本件校庭の南端に沿って南門及びネットフェンスが設置され,これらと本件道路との間には幅約1.8mの側溝があったのであり,本件ゴールに向けてボールを蹴ったとしても,ボールが本件道路上に出ることが常態であったものとはみられない。本件事故は,Cが本件ゴールに向けてサッカーボールを蹴ったところ,ボール

4

が南門の門扉の上を越えて南門の前に架けられた橋の上を転がり,本件道路上に出たことにより,折から同所を進行していたBがこれを避けようとして生じたものであって,Cが,殊更に本件道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。
責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。
Cの父母である上告人らは,危険な行為に及ばないよう日頃からCに通常のしつけをしていたというのであり,Cの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。そうすると,本件の事実関係に照らせば,上告人らは,民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきである。

5 以上によれば,原審の判断中,上告人らの敗訴部分には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点に関する論旨は理由がある。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの民法714条1項に基づく損害賠償請求は理由がなく,被上告人らの民法709条に基づく損害賠償請求も理由がないこと

5

となるから,原判決中上告人らの敗訴部分をいずれも破棄し,第1審判決中上告人らの敗訴部分をいずれも取り消した上,上記取消部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却し,かつ,上記破棄部分に関する承継前被上告人Aの請求に係る被上告人X2及び同X3の附帯控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山浦善樹,裁判官 櫻井龍子,裁判官 金築誠志,裁判官 池上政幸)


コメント(加賀山茂):本判決を速報した朝日新聞は,「民法は、子どもが事故を起こした場合、親などが監督責任を怠っていれば代わりに賠償責任を負うと定めている。これまでの類似の訴訟では、被害者を救済する観点から、ほぼ無条件に親の監督責任が認められてきた。今回の最高裁の判断は、親の責任を限定するもので、同様の争いに今後影響を与える」と報じている。

本判決は,一見したところでは,新聞報道されたように,民法714条第1項但し書き,すなわち,「監督義務者がその義務を怠らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りでない。」という免責事由を認めたように見える。

確かに,本件は,通常では事故が起こることが予想できない未成年者の「日常的な行為」によって,重大な損害が生じたという特異な事案ではある。しかし,たとえ,そのような特異な事例だったとしても,最高裁が認定した「危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしていた」という程度の抽象的な事実の立証で,民法714条の監督者責任が免責されるということになると,今後は,ほとんどの未成年事例で,監督義務者が免責されることになりかねない。

従来の判例の動向と本判例とを整合的に解釈し,民法714条1項における免責事由は,今後も,具体的な立証が必要であると考えるならば,本判決は,「危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしていた」という単純な事由によって免責されたのではなく,以下に述べるように,責任無能力者の行為と第三者に生じた損害との間に,民法416条にいわゆる相当因果関係が認められなかったからであると解釈するのが合理的であると思われる。

最高裁は,本件において,民法714条の監督責任が免責される条件として,第1に,「日常的な行為のなかで起きた予想できない事故である」こと,第2に,事故時に直接監督をしていない監督義務者が,「危険な行為に及ばないよう日ごろから通常のしつけを行っていた」という二つの条件を挙げている。

このことは,一見したところでは,民法714条1項ただし書きの免責事由が認められたように見えるが,相当因果関係の立場に立つならば,民法416条における損害賠償の範囲外の損害であるということと趣旨が同じであると解釈することができる。なぜなら,日常的な行為から起きた予想できない事故は,民法416条1項の通常事情から生じた通常損害ではなく,特別事情から生じた損害であるため,当事者が予見できない場合には,民法416条2項によって,損害賠償責任が生じないからである。

つまり,本件の場合には,そもそも,Bの行為(サッカーボールのフリーキックの練習行為)と,Aの損害(死亡)との間には,事実的な因果関係はあるものの,相当因果関係は存在しないために,Yらは,損害賠償責任を負わない事例だったということになる。その上で,最高裁が,監督義務者が「危険な行為に及ばないよう日ごろから通常のしつけを行っていた」ことを,損害賠償を負わない要件として追加したのは,民法714条の免責要件の立証としてではなく,通常事情から生じた特別損害あることを明確にする要件として認定したものと考えるべきであろう。

このように考えると,本件において,民法714条1項の免責事由について,その証明が容易となったと考えるのは,早計であると思われる。

なお,本件の場合,XらのYらに対する請求は棄却されたのであるが,そうすると,Xらは,誰の責任も追及できないのかどうかについて,簡単に触れておく。

本件事故は,交通事故とともに,学校事故としての性質をも有しているのであるから,責任の追及の可能性があるとすれば,それは,フリーキックの練習でボールが道路に飛び出すような環境を作り出した公立学校に対して,国家賠償法2条の営造物責任を追及する方法が考えられる。

本稿は,民法714条の監督者責任について考察することを主眼としており,国家賠償責任については,詳しく論じることはできないが,もしも,フリーキックの練習でボールがフェンスを越えることが予見できる状況であったとすると,営造物の設置・保存の瑕疵が存在する可能性も否定できないため,この方法によって,公立小学校を運営している今治市の責任を追及することも可能であったと思われる。


 

《速報》最高裁の最新判例(最高裁第三小法廷平成28年3月1日判決)認知症者の線路立ち入りJR損害賠償請求事件

2016年3月1日に最高裁第三小法廷で注目すべき判決が下された。最高裁のホームページで,即日公開されているだけでなく,テレビ番組,新聞等で大きく報道されており,重要な判決であるので,最高裁のホームページに公開された判決要旨と,全文をテキスト化したものを紹介する。

判決に対するコメントは,判決全文をよく読んでからにするつもりであるが,認知症の夫がJRの線路に立ち入り列車と衝突して死亡したことにより,JRに生じた損害について,死亡した認知症者と同居していた身体障害者の妻,または,別居の子に,損害賠償責任を負わせることができるかどうかについて,最高裁は,妻と子の責任を否定するとの判断を下した。

多数意見(補足意見を含めて,裁判官3名)は,身体障害者である同居の妻も,別居の子も,民法717条の監督義務者ではないとの判断を下した上で,損害賠償責任を否定している。しかし,この多数意見に対しては,妻と子の責任を否定する点では賛同するものの,子は,民法717条の監督義務者ではあるが,監督義務を尽くしたので,責任を免れるとの判断を下している裁判官が2名おり,もしも,子が監督義務を尽くしていない場合であれば,補足意見しだいでは,結論は逆になっていた可能性がある。

したがって,この点において,この判決を引用する場合には,多数意見だけを引用することは危険であり,補足意見,および,意見についても,紹介すべきであろう。

最三判平成28・3・1(認知症者線路立ち入り損害賠償請求事件)

事件番号:平成26(受)1434
事件名:損害賠償請求事件
裁判年月日:平成28年3月1日
法廷名 最高裁判所第三小法廷
裁判種別:判決
結果:その他
判例集等:最高裁民事判例集〔 〕巻・〔 〕号・〔 〕頁
原審裁判所名:名古屋高等裁判所
原審事件番号:平成25(ネ)752
原審裁判年月日:平成26年4月24日
判示事項:
裁判要旨: 線路に立ち入り列車と衝突して鉄道会社に損害を与えた認知症の者の妻と長男の民法714条1項に基づく損害賠償責任が否定された事例
参照法条:〔空白〕〔民法709条(不法行為による損害賠償),民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任),民法752条(同居,協力及び扶助の義務),民法858条(成年被後見人の意思の尊重及び身上の配慮)介護保険法7条1項〕
判決全文

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平成26年(受)第1434号,第1435号
損害賠償請求事件 平成28年3月1日第三小法廷判決

主文

1 平成26年(受)第1434号上告人の上告を棄却する。
2 原判決中,平成26年(受)第1435号上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
3 前項の部分に関する平成26年(受)第1435号被上告人の請求を棄却する。
4 第1項に関する上告費用は,平成26年(受)第1434号上告人の負担とし,前2項に関する訴訟の総費用は,平成26年(受)第143
5 号被上告人の負担とする。

理由

平成26年(受)第1434号上告代理人三村量一ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)及び同第1435号上告代理人浅岡輝彦ほかの上告受理申立て理由について

1 本件は,認知症にり患したA(当時91歳)が旅客鉄道事業を営む会社である平成26年(受)第1434号上告人・同第1435号被上告人(以下「第1審原告」という。)の駅構内の線路に立ち入り第1審原告の運行する列車に衝突して死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し,第1審原告が,Aの妻である

2

平成26年(受)第1435号上告人(以下「第1審被告Y1」という。当時85歳及びAの長男である平成26年(受)第1434号被上告人(以下「第1審被告Y2」という。)に対し,本件事故により列車に遅れが生ずるなどして損害を被ったと主張して,民法709条又は714条に基づき,損害賠償金719万7740円及び遅延損害金の連帯支払を求める事案である。第1審被告らがそれぞれ同条所定の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者に当たるか否か等が争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) A(大正5年生まれ)と第1審被告Y1(大正11年生まれ)は,昭和20年に婚姻し,以後同居していた。両者の間には4人の子がいるが,このうち,長男である第1審被告Y2及びその妻であるBは,昭和57年にAの自宅(以下「A宅」という。)から横浜市に転居し他の子らもいずれも独立している。Aは,平成10年頃まで不動産仲介業を営んでいた。

(2) A宅は,愛知県a市にあるJRa駅前に位置し,自宅部分と事務所部分から成り,自宅玄関と事務所出入口を備えていた。

(3) Aは,平成12年12月頃,食事をした後に「食事はまだか。」と言い出したり,昼夜の区別がつかなくなったりした。そこで,第1審被告ら及び第1審被告Y2の妹であるCは,Aが認知症にり患したと考えるようになった。
Aは,平成14年になると,晩酌をしたことを忘れて何度も飲酒したり,寝る前に戸締まりをしたのに夜中に何度も戸締まりを確認したりするようになった。
第1審被告ら,B及びCは,平成14年3月頃,A宅で顔を合わせた際など折に触れて,今後のAの介護をどうするかを話し合い,第1審被告Y1は既に80歳であって1人でAの介護をすることが困難になっているとの共通認識に基づき,介護

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の実務に精通しているCの意見を踏まえ,Bが単身で横浜市からA宅の近隣に転居し,第1審被告Y1によるAの介護を補助することを決めた。その後,Bは,A宅に毎日通ってAの介護をするようになり,A宅に宿泊することもあった。第1審被告Y2は,横浜市に居住して東京都内で勤務していたが,上記の話合いの後には1箇月に1,2回程度a市で過ごすようになり,本件事故の直前の時期には1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねるとともに,BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。
その後,Aについて介護保険制度を利用すべきであるとのCの意見を受けて,Bらは,かかりつけのD医師に意見書を作成してもらい,平成14年7月,Aの要介護認定の申請をした。Aは,同年8月,要介護状態区分のうち要介護1の認定を受け,同年11月,同区分が要介護2に変更された(要介護状態区分は5段階になっており,要介護5が最も重度のものである(介護保険法7条1項,要介護認定等に係る介護認定審査会による審査及び判定の基準等に関する省令1条1項)。)。

(4) Aは,平成14年8月頃の入院を機に認知症の悪化をうかがわせる症状を示すようになった。Aは,同年10月,国立療養所中部病院(以下「中部病院」という。)のE医師の診察を受け,その後,おおむね月1回程度中部病院に通院するようになった。E医師は,平成15年3月,Aが平成14年10月にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断した。また,Aは,同月頃以降,a市内の福祉施設「b」(以下「本件福祉施設」という。)に通うようになり,当初は週1回の頻度であったが,本件事故当時は週6回となっていた。Aが本件福祉施設に行かない日には,Bが朝からAの就寝までA宅においてAの介護等を行っていた。
Aの就寝後は,第1審被告Y1がAの様子を見守るようにしていた。

4

Aは,平成15年頃には,第1審被告Y1を自分の母親であると認識したり,自分の子の顔も分からなくなったりするなど人物の見当識障害もみられるようになった。Bは,Aに外出しないように説得しても聞き入れられないため,説得するのをやめて,Aの外出に付き添うようになった。
E医師は,平成16年2月,Aの認知症については,場所及び人物に関する見当識障害や記憶障害が認められ,おおむね中等度から重度に進んでいる旨診断した。
中部病院は,患者の診療について,一定期間の通院後は開業医に引き継ぐ方針を採っていたため,Aは,同月頃以降,再びD医師の診療を受けるようになった。

(5) Aは,平成17年8月3日早朝,1人で外出して行方不明になり,午前5時頃,A宅から徒歩20分程度の距離にあるコンビニエンス・ストアの店長からの連絡で発見された。

(6) 第1審被告Y1は,平成18年1月頃までに,左右下肢に麻ひ拘縮があり,起き上がり・歩行・立ち上がりはつかまれば可能であるなどの調査結果に基づき,要介護1の認定を受けた。

(7) Aは,平成18年12月26日深夜,1人で外出してタクシーに乗車し,認知症に気付いた運転手によりコンビニエンス・ストアで降ろされ,その店長の通報により警察に保護されて,午前3時頃に帰宅した。

(8) Bは,上記(5)及び(7)の出来事の後,家族が気付かないうちにAが外出した場合に備えて,警察にあらかじめ連絡先等を伝えておくとともに,Aの氏名やBの携帯電話の電話番号等を記載した布をAの上着等に縫い付けた。
また,第1審被告Y2は,上記(5)及び(7)の出来事の後,自宅玄関付近にセンサー付きチャイムを設置し,Aがその付近を通ると第1審被告Y1の枕元でチャイム

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が鳴ることで,第1審被告Y1が就寝中でもAが自宅玄関に近づいたことを把握することができるようにした。第1審被告ら及びBは,Aが外出できないように門扉に施錠するなどしたこともあったが,Aがいらだって門扉を激しく揺するなどして危険であったため,施錠は中止した。他方,事務所出入口については,夜間は施錠されシャッターが下ろされていたが,日中は開放されており,以前から事務所出入口にセンサー付きチャイムが取り付けられていたものの,上記(5)及び(7)の出来事の後も,本件事故当日までその電源は切られたままであった。

(9) Aは,トイレの場所を把握できずに所構わず排尿してしまうことがあり,Bらに何も告げずに事務所出入口から外に出て公道を経て自宅玄関前の駐車スペースに入って同所の排水溝に排尿することもしばしばあった。

(10) Aは,平成19年2月,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁にみられ,常に介護を必要とする状態で,場所の理解もできないなどの調査結果に基づき,要介護4の認定を受けた。そこで,第1審被告ら,B及びCは,同月,A宅で顔を合わせた際など折に触れて,今後のAの介護をどうするかを話し合い,Aを特別養護老人ホームに入所させることも検討したが,Cが「特別養護老人ホームに入所させるとAの混乱は更に悪化する。Aは家族の見守りがあれば自宅で過ごす能力を十分に保持している。特別養護老人ホームは入居希望者が非常に多いため入居までに少なくとも2,3年はかかる。」旨の意見を述べたこともあって,Aを引き続きA宅で介護することに決めた。

(11) Aは,認知症の進行に伴って金銭に興味を示さなくなり,本件事故当時,財布や金銭を身に付けていなかった。本件事故当時,Aの生活に必要な日常の買物は専ら第1審被告Y1とBが行い,また,預金管理等のAの財産管理全般は専ら第

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1審被告Y1が行っていた。
本件事故当時,Bは,午前7時頃にA宅に行き,Aを起こして着替えと食事をさせた後,本件福祉施設に通わせ,Aが本件福祉施設からA宅に戻った後に20分程度Aの話を聞いた後,Aが居眠りを始めると,Aのいる部屋から離れて台所で家事をすることを日課としていた。Aは,居眠りをした後は,Bの声かけによって3日に1回くらい散歩し,その後,夕食をとり入浴をして就寝するという生活を送っており,Bは,Aが眠ったことを確認してから帰るようにしていた。

(12) Aは,本件事故日である平成19年12月7日の午後4時30分頃,本件福祉施設の送迎車で帰宅し,その後,事務所部分の椅子に腰掛け,B及び第1審被告Y1と一緒に過ごしていた。その後,Bが自宅玄関先でAが排尿した段ボール箱を片付けていたため,Aと第1審被告Y1が事務所部分に2人きりになっていたところ,Bが事務所部分に戻った午後5時頃までの間に,第1審被告Y1がまどろんで目を閉じている隙に,Aは,事務所部分から1人で外出した。Aは,a駅から列車に乗り,a駅の北隣の駅であるJRc駅で降り,排尿のためホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りた。そして,同日午後5時47分頃,c駅構内において本件事故が発生した。
Aは,本件事故当時,認知症が進行しており,責任を弁識する能力がなかった。

3 原審は,次のとおり判断して,第1審原告の第1審被告Y1に対する損害賠償請求を一部認容し,第1審被告Y2に対する損害賠償請求を棄却した。

(1) 一方の配偶者が精神上の障害により精神保健及び精神障害者福祉に関する法律5条に規定する精神障害者となった場合には,同法上の保護者制度(同法20条(平成25年法律第47号による改正前のもの)参照)の趣旨に照らしても,

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の者と現に同居して生活している他方の配偶者は,夫婦の協力及び扶助の義務(民法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り,夫婦の同居,協力及び扶助の義務に基づき,精神障害者となった配偶者に対する監督義務を負うのであって,民法714条1項所定の法定の監督義務者に該当するものというべきである。そして,Aと同居していた妻である第1審被告Y1は,Aの法定の監督義務者であったといえる。
第1審被告Y1は,Aが重度の認知症を患い場所等に関する見当識障害がありながら外出願望を有していることを認識していたのに,A宅の事務所出入口のセンサー付きチャイムの電源を入れておくという容易な措置をとらなかった。このこと等に照らせば,第1審被告Y1が,監督義務者として監督義務を怠らなかったとはいえず,また,その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったともいえない。

(2) 第1審被告Y2がAの長男として負っていた扶養義務は経済的な扶養を中心とした扶助の義務であって引取義務を意味するものではない上,実際にも第1審被告Y2はAと別居して生活しており,第1審被告Y2がAの成年後見人に選任されたことはなくAの保護者の地位にもなかったことに照らせば,第1審被告Y2が,Aの生活全般に対して配慮し,その身上を監護すべき法的な義務を負っていたとは認められない。したがって,第1審被告Y2は,Aの法定の監督義務者であったとはいえない。また,第1審被告Y2は,20年以上もAと別居して生活していたこと等に照らせば,Aに対する事実上の監督者であったともいえない。

4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は結論において是認することができるが,同(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)ア 民法714条1項の規定は,責任無能力者が他人に損害を加えた場合に

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はその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ,このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。しかし,保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は,上記平成11年法律第65号により廃止された(なお,保護者制度そのものが平成25年法律第47号により廃止された。)。また,後見人の禁治産者に対する療養看護義務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。

イ 民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているが,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく,しかも,同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり,協力の義務につ

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いてはそれ自体抽象的なものである。また,扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると,同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。

ウ 第1審被告Y1はAの妻であるが(本件事故当時Aの保護者でもあった(平成25年法律第47号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律20条参照)。),以上説示したところによれば,第1審被告Y1がAを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
また,第1審被告Y2はAの長男であるが,Aを「監督する法定の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。

(2)ア もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用さ

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れると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

イ これを本件についてみると,Aは,平成12年頃に認知症のり患をうかがわせる症状を示し,平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断され,平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し,平成19年2月には要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けた者である(なお,本件事故に至るまでにAが1人で外出して数時間行方不明になったことがあるが,それは平成17年及び同18年に各1回の合計2回だけであった。)。第1審被告Y1は,長年Aと同居していた妻であり,第1審被告Y2,B及びCの了解を得てAの介護に当たっていたものの,本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており,Aの介護もBの補助を受けて行っていたというのである。そうすると,第1審被告Y1は,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けて

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いたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
したがって,第1審被告Y1は,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない

ウ また,第1審被告Y2は,Aの長男であり,Aの介護に関する話合いに加わり,妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながら第1審被告Y1によるAの介護を補助していたものの,第1審被告Y2自身は,横浜市に居住して東京都内で勤務していたもので,本件事故まで20年以上もAと同居しておらず,本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると,第1審被告Y2は,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督することが可能な状況にあったということはできず,その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって,第1審被告Y2も,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
5 以上によれば,第1審被告Y1の民法714条に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決のうち第1審被告Y1敗訴部分は破棄を免れない。この点をいう第1審被告Y1の論旨は理由がある。そして,以上説示したところによれば,第1審原告の第1審被告Y1に対する民法714条に基づく損害賠償請求は理由がなく,同法709条に基づく損害賠償請求も理由がないことになるから,上記部分につき,第1審判決を取り消し,第1審原告の請求を棄却することとする。
他方,第1審被告Y2の民法714条に基づく損害賠償責任を否定した原審の判断は,結論において是認することができる。この点に関する第1審原告の論旨は理

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由がないから,第1審原告の第1審被告Y2に対する同条に基づく損害賠償請求を棄却した部分に関する第1審原告の上告は棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する第1審原告の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官木内道祥の補足意見,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦の各意見がある。

裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。

私は民法714条の法定監督義務者,準監督義務者についての多数意見に賛同するものであるが,保護者,成年後見人とこれらの義務者との関係などについて補足して意見を述べる。

1 平成11年改正前の保護者,後見人平成11年改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)の定める保護者,民法の定める後見人に関する定めは次のようなものであった。
精神障害者が禁治産宣告を受けている場合,配偶者がいれば,配偶者が当然に後見人となる(民法840条)。後見人には,禁治産者の療養看護の義務があり(同法858条1項),裁判所の許可を得て,精神病院又はこれに準ずる施設に入れることができる(同条2項)。後見人は第1順位で当然に保護者となるから,保護者として自傷他害がないように監督する義務がある(精神保健福祉法20条2項,22条1項)。
民法714条が「法定」監督義務者とする趣旨は,監督義務者が法によって一般的,類型的に定められることを想定していると解され,実際の法制上も,保護者,

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後見人に他害防止の監督義務が課せられていることは,それに照応するものである。
民法714条は,責任無能力である精神障害者の監督義務者に責任を負わせる制度であるが,配偶者がいる限り,配偶者が当然に保護者・後見人となり,また,監督義務者に該当すると解されてきた。
このような制度は,昭和25年の精神衛生法の制定以来,平成11年改正まで変わっていない。
それ以前の昭和22年改正前の民法(以下「改正前民法」という。)及び精神病者監護法(明治33年法律第38号)の下でも,禁治産宣告がなされると,禁治産者に配偶者がいれば,配偶者が当然に後見人となり,精神病者の監護義務者は,後見人,配偶者,戸主の順番で当然に定まるとされており(精神病者監護法1条),戸主が優先して後見人,監護義務者となるものではなく,禁治産者に配偶者がいる限り,配偶者が後見人,監護義務者として監督義務者に該当すると解されてきたことは,平成11年改正前と同じであった。民法714条の監督義務者の損害賠償責任が家族共同体における家長の責任に由来するといわれることがあるが,改正前民法においても,戸主が後見人となるのは,禁治産者に配偶者がおらず親権を行う父又は母もいない場合に限られていた(改正前民法902条,903条)のであり,必ずしも「家長の責任」がわが国の法制における監督義務者の損害賠償責任の淵源ということはできない。

2 平成11年改正後の監督義務者平成11年民法改正によって後見人は「療養看護に努めなければならない」との規定(民法858条1項)が「成年後見人は,…事務を行うに当たっては,…心身

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の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」と改正され,成年後見人が成年被後見人の行動の監督を求められるものでないことは多数意見の述べるとおりである。
成年後見人の負うとされる身上配慮義務は,審判による付与を含めても特定の法律行為の同意権,代理権を有するに留まる保佐人(民法13条の保佐人の固有の同意事項には厳密には法律行為に該当しないものも含まれているが,実質的には全てが法律行為といってよい。),補助人も,契約によって受託業務の代理権を付与される任意後見人も同種の義務として負担している(民法876条の5第1項,876条の10第1項,任意後見契約に関する法律6条)。このことにも,身上配慮義務が法律行為を行うについての善管注意義務の明確化であるという性質があらわれている。
したがって,精神障害者の日常行動を監視し,他害防止のために監督するという事実行為は成年後見人の事務ではなく,成年後見人であることをもって,民法714条の監督義務者として法定されたということはできない。
家庭裁判所実務における成年後見人等の選任についてみると,親族ではない第三者を成年後見人等に選任する比率は,本件事故のあった平成19年で27.7%(平成26年で65.0%)に達しており,成年被後見人の保有財産が一定額以上の案件では,親族を後見人としても専門職の後見監督人を選任する,又はこれに代えて専門職の後見人を選任することが原則的に行われている。成年後見人を法定監督義務者と解することは,このような実情にそぐわないものである。
成年後見人の要件として成年被後見人との一定の身分関係が求められているものではなく,また,このような選任の実情を前提とすると,成年後見が開始されてい

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れば成年後見人に選任されてしかるべき者が誰であるかを成年後見人選任前に想定することは困難・不相当である。
平成11年民法改正によって,配偶者等の親族がその法律上の地位の故に成年後見人に選任されることはなくなった。これは,改正前民法が配偶者等の本人と一定の身分関係にある者を法定の後見人とし,それがない場合にも親族会が後見人を選任するとしていた後見制度を,昭和22年改正民法を経て,成年後見制度を親族に基盤を置く制度とは異なるものとしたのであり,配偶者とか親とか子が成年後見人として選任される場合にも,その人は,法律上の地位の故にではなく,民法843条4項の基準に従って適任であるが故に選任されるのである。成年後見人に選任されてしかるべき者として親族が優先的に取り扱われる理由はない。
保護者については,平成11年改正により「保護者は,精神障害者…に治療を受けさせ,及び精神障害者の財産上の利益を保護しなければならない。と改められ,改正前の「精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように監督」する義務があるとの規定は削除された。治療を受けさせる義務は,実質上,入院・通院していない精神障害者に通院をさせることに留まり,財産上の利益の保護も,身の回りの財産が散逸しないように看守するとか,荷物をまとめて保管するなどの事実上のものに留まる(第1審被告Y1はAの保護者に該当するが,AはD医師の診療を受けていたのであるから,治療を受けさせる義務を負うこともない。)。したがって,保護者をもって,民法714条の監督義務者に該当すると解することはできない。
このように,平成11年改正により,後見人が法定監督義務者であることを根拠付けていた民法858条の療養看護義務,精神保健福祉法の自傷他害防止の監督義

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務は存在しなくなったのであるから,改正後の法定監督義務者の解釈を改正前と連続性をもって行うことはその前提を欠くものである。
他方,精神科病院に入院している精神障害による責任無能力者については,精神科病院の管理者が,自傷他害のおそれによる入院を引き受け,入院患者の行動制限を行う権限を有しており(精神保健福祉法36条1項),行動制限の手続を含む処遇基準は大臣が定めるものとされている(同法37条1項)。介護施設についても,法令によって身体的拘束等の原則禁止とそれを行うについての適正手続が定められている。このように精神障害者が施設による監護を受けている場合,施設との間では,法令による定めによって,監護に関する権限とその行使基準が定められているのであり,これらの定めによる施設の負うべき義務は民法714条1項の法定監督義務に該当すると解する余地がある。施設による監護を受けている精神障害者の不法行為による施設ないし施設管理者の責任については,従来,学説上,同条2項の代理監督義務者の問題とされてきたが,このような観点からは,同条1項の法定監督義務者に該当するか否かの問題として検討されるべきであり,保護者,成年後見人が同項の法定監督義務者に該当しないと解しても,同項の法定監督義務者が想定されないことになるものではない。

3 (準)監督義務者と責任無能力者の保護

責任無能力の制度は,法的価値判断能力を欠く者(以下「本人」ともいう。)のための保護制度であるが,保護としては,本人が債務を負わされないということに留まらず,本人が行動制限をされないということが重要である。本人に責任を問わないとしても,監督者が責任を問われるとなると,監督者に本人の行動制限をする動機付けが生ずる。本人が行動制限をされる可能性としては,本人に責任を負わせ

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る場合よりも監督者に責任を負わせる場合の方が大きい。本人が責任を免れないとしても本人に財産がなければ監督者に本人の行動制限をする動機付けは生じないが,監督者に責任を負わせると本人の財産の有無にかかわらず,本人の行動制限をする動機付けが監督者に生ずるからである。
保護者の他害防止監督義務,後見人の事実行為としての監護義務の削除の理由は,保護者,後見人の負担が重すぎることであるが,その意味は,保護者,後見人に本人の行動制限の権限はなく,また,行動制限が本人の状態に悪影響を与えるために行動制限を行わないとすると,四六時中本人に付き添っている必要があり,それでは保護者,後見人の負担が重すぎるということなのである。
したがって,法定監督義務者以外に民法714条の損害賠償責任を問うことができる準監督義務者は,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなどの客観的状況にあるものである必要があり,そうでない者にこの責任を負わせることは本人に過重な行動制限をもたらし,本人の保護に反するおそれがある。準監督義務者として責任を問われるのは,衡平の見地から法定監督義務者と同視できるような場合であるが,その判断においては,上記のような本人保護の観点も考慮する必要があると解される。
他害防止を含む監督と介護は異なり,介護の引受けと監督の引受けは区別される。この点は岡部裁判官の意見に同感であるが,岡部裁判官とは,同居ないし身近にいないが環境形成,体制作りをすることも監督を現に行っており,監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情に該当し得るとする点で,意見を異にする。Aの介護の環境形成,体制作りは,第1審被告Y2だけが行ったものではない。24時間体制,365日体制,それが何年にも及び,本人の生活の質の維持をこころがける

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認知症高齢者の在宅での介護は,身近にいる者だけでできるものではないが,身近にいる者抜きにできることでもない。行政的な支援の活用を含め,本人の親族等周辺の者が協力し合って行う必要があることであり,各人が合意して環境形成,体制作りを行い,それぞれの役割を引き受けているのである。各人が引き受けた役割について民法709条による責任を負うことがあり得るのは別として,このような環境形成,体制作りへの関与,それぞれの役割の引受けをもって監督義務者という加重された責任を負う根拠とするべきではない。

裁判官岡部喜代子の意見は,次のとおりである。

私は,多数意見の結論に賛成するものであるが,第1審被告Y2は法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当すると考えるのでその理由を述べる(以下,事実認定に係る部分は全て原審の認定したところによる。)。

1 Aには子が4人あり,上からF,第1審被告Y2,C,Gであるところ,Fは5歳の時に養子となって養家において養育されて現在に至り,第1審被告Y2は昭和57年までAと同居した後東京に転勤となったため家を出,Gは昭和48年に大阪の大学に入学して家を出,Cは昭和52年に結婚して家を出た。第1審被告Y2はA宅の近辺であるa市dに自宅(以下「Y2自宅」という。)を有しているが,これは第1審被告Y2が将来の両親の介護のためにA所有の土地上に第1審被告Y1との共有名義で建てたものである。上記のとおりの家族状況の中で,平成14年3月頃,第1審被告ら,C,BはAの介護について話し合い,Cの助言もあり,第1審被告Y1が1人でAの介護を担うことは困難であるとの共通の認識に基づいて,Bが単身Y2
自宅に移り住んで第1審被告Y1と2人でAの介護を行うこ

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とに決めたのであったが,このことについて第1審被告Y2はBが長男の嫁であるから当然のことであると考えていたというのである。以来,Bは毎日A宅に通って(時々泊まり込み)第1審被告Y1と共に介護にあたり,第1審被告Y2も月に1,2回a市に通い,本件事故直前には月3回くらいA宅を訪ね,BからAの状況について頻繁に報告を受けていた。この間,Cは介護の実務に精通していることから専門知識による助言を行っていたが現実には時折訪ねる程度であり,F及びGは介護には全く関与していなかった。Aの外出願望は平成14年11月頃には見られるようになり,3日に1回くらいはBが声かけをして散歩に連れ出し,またAが外出を希望したときはBが付き添うという方法で対処していた。平成17年,18年には1回ずつ無断で外出して行方不明になったことがあり,その後,第1審被告Y2はA宅玄関付近にセンサーを設置し,あるいは門扉に施錠するなどの対策をとったこともあった。
Aが要介護4の認定を受けた際は第1審被告Y2,C,BがAの介護の在り方について話合いを行い,Cからの,特養は希望者が多いため入居まで2,3年かかる,Aは家族の見守りにより自宅で過ごす能力を有している,特養に入ればAの混乱は更に悪化するとの助言もあって,従前同様の介護を続けることとした。
こうしてみると,第1審被告Y2はAの介護の節目節目で介護方針の決定に関与していたといえる。金銭管理については,Aが不動産仲介業を営んでいるときは,日常の帳簿付け,税務署との対応,預金通帳の管理は全て第1審被告Y1に任せ,Aは事務所の移転や不動産の購入・売却等の重要な事柄を決定していた。本件事故当時は,預金管理や不動産の賃貸借契約の更新・切替などのAの財産管理全般は専ら第1審被告Y1が行っていた点はAの稼働中と同様であるものの,Aの介護開始以来財産関係に変動を与えるような重要事項に関する決定がなされたことを

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うかがわせる状況は存在せず,不動産の購入・売却等の重要な事柄について誰が決定することになるのかについては認定されていない。第1審被告Y2は昭和57年以降横浜市に居住しているが,第1審被告Y2がa市に戻らなかったのはその職場が東京であったためであった。

2 そこで,第1審被告Y2が法定の監督義務者に準ずべき者といえるか否かを検討する。第1審被告Y2はもともと両親の介護を担う意思を有していたところ,平成14年3月頃,Aに認知症の症状が出た際の話合い(多数意見2(3)の話合い)において,妻であるBが単身Y2自宅に転居して第1審被告Y1と共に現実の介護を担うこととしている。このような形態の介護を行うについて第1審被告Y2の意向が大きな影響を与えたことは,BがAの介護を行うことは長男の嫁であるから当然であると第1審被告Y2が考えていたこと,Bの別居は第1審被告Y2の負担にもなること,上記1において述べたとおりの家族関係において中心的な立場にあって第1審被告Y2自身Aの介護を担うものとして自覚していたことによって裏付けられる。つまり,第1審被告Y2は,第1審被告Y1とBが現実の介護を行うという体制で,Aの介護を引き受けたということができる。ただ,その段階では介護を引き受けたものであって,必ずしも第三者に対する加害を防止することまでを引き受けたといえるかどうかは明確ではない。しかし,その後,第1審被告Y2は,Aが2回の徘徊をして行方不明になるなど,外出願望が強いことを知って徘徊による事故を防止する必要を認めて,BがAの外出に付き添う方法を了承し,また施錠,センサー設置などの対処をすることとして事故防止のための措置を現実に行い,また現実の対策を講ずるなどして,監督義務を引き受けたということができる。徘徊による事故としては被害者となるような事故を念頭に置くことが多いであ

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ろうがその態様には第三者に対する加害も同時に存在するものであって,第三者に対する加害防止もまた引き受けたものということができる。確かに第1審被告Y2はAと同居していないが,加害防止義務の内容としては同居して現実に防止行動をすることだけを意味するわけではない。第三者に対する加害行為を行うことを実際に引き留める,実際に外出しないように実力を行使する,というような行動ばかりではなく,第三者に対する加害を行わないような環境を形成する,加害行為のおそれがある場合にはそれが行われないようにしかるべき人物に防止を依頼することができるようにするといった体制作りも含まれる。監督するという行為を行うには被監督者の行動を制御できることが必要であるが,その方法として現実の制御行動に限る理由は存在しない。第1審被告Y2においては,第1審被告Y1の見守りとBの外出時の付添い,週6回のデイサービスの利用という体制を組むという形態で,徘徊による事故防止,第三者に対する加害防止を行ったといえる。すなわち,第1審被告Y2には,少なくとも平成18年中に,第三者に対する加害行為の防止に向けてAの監督を現に行っており,その態様が単なる事実上の監督を超え,監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる。

3 次に,第1審被告Y2がその監督義務を怠らなかったといえるか否かについて検討する。

まず第1審被告Y2の採った監督体制は,デイサービスの利用,第1審被告Y1がAの見守りを行い,Bが外出時にAに付き添うというもので,上記1において述べた家族状況の下ではそのような体制を採ったことは合理的であり,第1審被告Y1及びBの現実の介護方法にも問題はない。問題となり得るのは,Aについて要介護4の認定がなされた際に特に監督体制を変更しなかった点である。確かにAの

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認知症の症状は悪化し,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ,常に介護を必要とする,常に目を離すことができない状態であると判断されているのであるから,従前とは異なる何らかの措置をとるべきであったとの意見もあり得るところである。しかし,そのようにいえるかについては,具体的状況の下でいかなる内容の監督義務を負っているかを検討しなければならない。
まず,本件において第1審被告Y2の監督義務の具体的内容は徘徊行動の防止措置であるところ,ここでいう徘徊は,Aの本件事故に係る徘徊行動そのものを示すのではなく,民法714条の監督義務における監督すべき行為の対象としての徘徊行為一般である。次に,監督義務の存否を判断する基準について考える必要がある。すなわち,法定の監督義務者に準ずべき者には,様々な根拠に基づく様々な状況があり,予見可能性,結果回避可能性の広狭,法的な義務として負わされる範囲など,多様な状況を想定することができる。本件の第1審被告Y2については,義務発生の根拠は意思であり,その立場は親族である。専門職にあるわけでもなく,専門知識を有するわけでもなく,人的な結び付きに基づく意思を有するのみという本件のような場合の判断基準は,一般通常人とするのが相当である。本件の下で2回の徘徊行為を行っているところからすれば,一般通常人を基準としても徘徊の予見可能性はあり,多数意見2(10)の話合いにおいて検討されたところからすれば,予見もしており,一般通常人としても徘徊行動の回避措置をとることは可能である。そこで第1審被告Y2が徘徊防止義務を怠っていなかったか否かを検討しなければならない。まず,要介護4と認定された時点で徘徊行為について従前と明確な変化があったことは認められていない。2回の行方不明後には警察にあらかじめ連

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絡するなどの対処をしている。事務所出入口から無断で外出し,排水溝に排尿するなどの行為は従前よりしばしばなされていたもののBが排尿後の面倒を見ており,そのような排尿行為から何らかの問題が生じたとは認められていない。Bは,朝7時にA宅に行き,寝ているAを起こして着替え及び食事をさせた後,デイサービスへ通所させ,Aが同所から自宅に戻った後は,お茶とおやつを出し,20分くらいAの話を聞いた後,Aが居眠りを始めると,Aのいる部屋から離れて台所で家事をするという日課であり,また,3日に1回くらいはAを散歩に連れ出し,夕食,入浴をさせてAが就寝したことを確認してY2自宅に戻るという生活をしていた。第1審被告Y1はBが家事をする間,Aが就寝している間などに,Aの側にいて外出しそうな場合はBに知らせていた。このような日課は確かに十分苦労の多いものといえるが,週6回のデイサービスの利用及び夜間A就寝後にはBはAの介護と付添いから解放されており,無理な体制であったとまではいえない。週6回のデイサービスの利用は,一般通常人としての徘徊防止措置としては相当効果のある対策を立てているといえよう。本件事故直前には第1審被告Y2自身も月3回くらい週末にA宅を訪ねて第1審被告Y1やBの体制に関与しようとする姿勢を見せてもいる。
仮に他の対策を立てるとなると,既にデイサービスを週6回利用しているところからすれば施設入所を検討することになろうが,施設入所はAにとって望ましいものではないとのCの助言などもある段階では,施設入所に至らなかったとしてもやむを得ないといわねばならない。Aの無断外出を防止するために門扉に施錠したこともあったがAがいらだって門扉を揺するなどしたために施錠は中止したこと,事務所出入口のセンサーがあったにもかかわらず本件事故当時電源が切られていたことというような問題もないわけではない。しかし,徘徊による問題が生じていたとい

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うような状況ではなく,第1審被告Y1とBによる体制が機能している上記の状況の下では,センサー等が機能するように設備を整えることを要求することは,一般通常人を基準とすると過大な要求といわざるを得ないのであって相当ではない。すなわち,第1審被告Y2は,Aの徘徊行動を防止するために,週6回のデイサービスの利用並びに第1審被告Y1及びBの現実の見守りと付添いという体制を組むことによって,Aの徘徊行為を防止するための義務を怠りなく履行していたということができるのである。第1審被告Y2の採った徘徊行動防止体制は一般通常人を基準とすれば相当なものであり,法定の監督義務者に準ずべき者としての監督義務を怠っていなかったということができる。

4 ここで,結論を同じくする大谷裁判官の意見について若干述べておきたい。

大谷裁判官の意見については利害の調整という観点から共感を覚えるものである。
しかし,成年後見人の成年被後見人に対する身上配慮義務から第三者に対する加害防止義務を導き出すのは無理があるのであり,成年後見人であっても,第三者に対する加害防止義務を認めるためには他の何らかの責任原因が必要であると考える。
成年後見人を法定の監督義務者ということはできないとする多数意見と同様の結論となる。多数意見は準監督義務者の要件として監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情を挙げているところ,その考え方は現代における民法714条の存在意義を認めたうえで,他害防止義務を負う根拠を説明し得ているので賛意を表したい。
そうすると,成年後見人であっても成年後見人であることから法定の監督義務者としての責任を当然に負うのではなく,上記要件を満たすときに準監督義務者としての責任を負うことになる。多数意見の述べるように,準監督義務者の責任が衡平のために諸般の事情によって認められるところによる引受けを根拠とする責任である

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ならば,その責任の内容は,従前説明されていたような団体的秩序を根拠とする家長等の絶対的責任とは異質なものであって,被監督者の行動についてほぼ無過失責任と同様の責任を負うべきであるとする根拠はない。準監督義務者の義務の履行について,諸般の状況により予見可能性,結果回避可能性を検討することが許されると解することが可能になる。民法714条は同法709条とは別個の義務として被監督者の一般的な行動に関する加害防止義務ではあるが,そうであるからといって準監督義務者に不可能を強いることはできない。以上述べたところを根拠として,本件においては一般人を基準として義務を怠らなかったといえるかどうかを検討してきたところである。

5 以上のとおりであるから,第1審被告Y2は法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当し,その責任を負わないものである。なお,第1審被告Y2が法定の監督義務者に準ずべき者に該当することは上記1において述べたとおりの諸般の事情に基づくものであって一般的に長男であることないし長男という立場に基づくものではないことを注意的に付言する。

裁判官大谷剛彦の意見は,次のとおりである。

1 私は,結論として多数意見と同じく第1審被告らは民法714条1項の法定の監督義務者としての損害賠償責任を負わないと考える。しかし,多数意見と異なり,同項の責任主体として法定の監督義務者に準ずべき者には第1審被告Y2が該当するが,第1審被告Y2はその義務を怠らなかったとして同項ただし書により免責されるものと考える。なお,この点では,岡部裁判官の意見と同じであるが,責任主体としての捉え方について考えを異にするので,意見を述べたい。

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2 民法714条の趣旨は,責任を弁識する能力がない者(同法712条の未成年者,同法713条の精神障害者等)が他人に損害を加えた場合に,その責任無能力者の行為については過失に相当するものの有無を考慮することができず,そのため不法行為の責任を負う者がなければ被害者の救済に欠けるところから,その監督義務者に損害の賠償を義務付けるとともに,監督義務者に過失がなかったときはその責任を免れさせることとしたものである(最高裁平成3年(オ)第1989号同7年1月24日第三小法廷判決・民集49巻1号25頁参照)。
また,民法714条の監督義務者について,判例は,直接に法定の監督義務者に当たらない場合においても,法定の監督義務者に準ずべき者という概念の下に,この立場にある者に責任主体性を認めてきている(前掲最高裁昭和58年2月24日第一小法廷判決)。

3 ところで,平成11年の民法等の改正の内容,及びその趣旨は多数意見4(1)アのとおりである。
この改正前の民法714条の「法定の監督義務者」としては,未成年者については,親権者,監護者,ないし未成年後見人が選任されていればその者が,一方,心神喪失者については,禁治産宣告がなされて後見に付されれば後見人(改正前民法8条)や精神衛生法上の保護義務者(同法20条,22条1項)がこれに該当すると解されてきたものといえよう。従前の後見人については,改正前の民法858条1項の後見人の職務規定に加え,自傷他害防止の監督義務が定められていた保護義務者の第1順位が後見人とされていたことも支えになって,法定の監督義務者性が根拠付けられていたと考えられる。
平成11年の民法改正においては,禁治産者についての後見人に代え,精神障害

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者については,成年後見開始の審判がなされて成年後見人が選任されると,成年後見人がその職務を行うことになり,一方,民法858条1項の職務規定は改正され,職務の内容に一定の変更も加えられた。また,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項も改正され,保護義務者の自傷他害防止の監督義務が削除された。
このように民法等の改正がされたところであるが,損害賠償規定の民法714条1項の責任主体に関する規定には何らの変更は加えられなかったところであり,従前の解釈との連続性という観点からすると,基本的に,成年被後見人の身上監護事務を行う成年後見人が選任されていれば,その成年後見人が「法定の監督義務者」に当たる者として想定されていると解される。仮に,身上監護を行う成年後見人が監督義務者に該当せず,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律における保護(義務)者制度も改められて監督義務者たりえないとすれば,平成11年改正(及び16年改正)において民法714条の責任主体規定は従前どおり維持されながら,およそ実定法上の法定の監督義務者が想定されない意味に乏しい規定として存置されたことになり,また,実定法上の監督義務者が存しないにもかかわらず,これに「準ずべきもの」や同条2項のこれに「代わって監督義務を行う者」が存するという,分かりにくい構造の規定となる。従前との連続性を踏まえて解釈しないと,上記2の同条の趣旨が没却されかねないと考えられる。
上記平成11年改正後の民法858条においては,成年後見人は,基本的に,「生活,療養看護に関する事務」(身上監護事務)と「財産管理に関する事務」(財産管理事務)を行うことを前提に,その「事務」(事実行為と対比される。)を行うに当たっての善管注意義務の内容として被後見人の「意思尊重義務」及び心

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身の状態と生活の状況の配慮義務(「身上配慮義務」)とが定められた。この改正の趣旨から,成年後見人の職務に関し,事実行為としての療養看護(療養看護労働)はその職務内容から除外されたことは明らかであるが,法的行為としての身上監護「事務」と財産管理「事務」は依然その職務内容とされている。この事務を行うに当たって,上記内容の善良な管理者の注意をもって処理する義務も規定されている(同法869条,644条)。改正前の後見人について,職務内容の「療養看護」に監督を含めて法定の監督義務者性が認められてきたが,これと同様の理由で,改正後の「生活,療養看護に関する事務」を職務内容とする成年後見人についても,法的な身上監護事務等を行うに当たって,相当な範囲の監督義務が含まれると解することができ,その限度では同法714条1項の責任主体として想定し得ると考えられる。

4 一方,民法714条1項ただし書の免責要件たる「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」の「その義務」については,従前はこれを一般的監督義務として,監督義務者にほぼ無過失の責任を負わせる方向にあったが,責任主体として想定される成年後見人については,ここにいう監督義務者の義務も,改正後の同法858条が成年被後見人の意思尊重義務と身上配慮義務をその善管注意義務の内容として規定した以上,この規定に沿った従前よりは緩和された善管注意義務の懈怠(過失責任)の有無により免責が判断されることになる。
その意味で,成年後見人が責任主体になり得ると解しても,成年後見人に損害賠償の面で,多大な負担を負わせることにはならないと考えられる。

5 本件においては,精神障害者のうち,高齢者の認知症による責任無能力が問題とされるが,このような認知症による責任無能力者についての「生活,療養看護

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に関する事務」(身上監護事務)は,いわゆる介護(介護保険法等参照)として行われる。介護は,介護労務という事実的行為と介護体制を構築する事務的行為とからなる。現在の高齢者介護は,個人や家族の介護労務をもっては限界があって,公的又は私的な保健医療サービス及び福祉サービスと緊密に連携して適切な介護を行う必要があり,また複数の関係者が分担,協力して行う必要もあり,要介護者の意思や,心身の状態及び生活の状況に配慮しつつ,これらサービスも利用し,関係者の協力を得て,人的,物的に効果的な介護体制を構築し,この体制が効果的に機能しているかを見守ることこそ重要であって,この介護体制の構築等は,医療保険機関や介護福祉機関との契約関係,また関係者への委任関係など,つとめて法的な事務との性格を有するといえる。この介護体制の構築等は,責任無能力者の第三者に対する加害行為の防止のための監督体制に通ずるものといえる。
そうすると,高齢者の認知症による責任無能力者の場合において,民法714条1項における責任主体としては,身上監護の事務を行う成年後見人が選任されていれば,基本的にはこの成年後見人が,法的な事務との性格を有する介護体制の構築等をして適切な身上監護事務等を行う者として,法定の監督義務者に当たると考えられる。

6 ところで,本件においては,責任無能力のAについて成年後見開始の審判はなされておらず,成年後見人に選任された者はいない。ここにおいて,前記昭和58年判例にいう「法定の監督義務者に準ずべき者」が存在するか,第1審被告らがこれに当たるかが検討されなければならない。この場合も,高齢者の認知症による責任無能力の場合に,身上監護事務を行う成年後見人が法定の監督義務者として想定される以上,成年後見が開始されていればその成年後見人に選任されてしかるべ

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き立場にある者,その職務内容である適切な介護体制を構築等すべき立場にある者という観点から検討されるべきであろう。
成年後見人の選任に当たっての家庭裁判所の考慮事項は,民法843条4項に定められているが,被後見人についての生活,療養看護に関する事務を行う者は,実定法上,同法730条(直系血族及び同居の親族の相互の扶け合い),同法752条(夫婦の相互の協力,扶助)の定めと親和性を持つところから,第一次的にはこれらの者の中で,同法843条4項の事情を考慮して,能力,信用,利害関係等の点で成年後見人として選任されてしかるべき者が法定の監督義務者に「準ずべき者」として,責任主体として挙げられることになる。
なお,民法714条1項の「法定の監督義務者」に準ずべき者の責任範囲,同項ただし書の免責規定における注意義務の程度については,上記4と同様と考えられる。

7 以上の観点から,本件における民法714条1項の責任主体について検討するに,まず,配偶者としての第1審被告Y1及び直系血族(長男)としての第1審被告Y2が身上監護を行う成年後見人として選任されてしかるべき者かどうかが検討されよう。
この点の検討は,法定監督義務者に準ずべき者についての多数意見の判断枠組みにおいて第1審被告Y2の責任主体性を認める岡部裁判官の詳細な検討と共通するところであるので,改めて論ずることは避けるが,介護体制の構築等による監督体制という観点からしても,第1審被告Y2こそがその構築等について中心的な立場にあったと認めることができる。この観点からは,原審と多数意見の指摘する,第1審被告Y2がAと同居しておらず,現に監督を行っていなかったことは,「準ず

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べき者」の該当性判断の妨げとなるものではなく,他に第1審被告Y2の責任主体性を否定する事情はうかがわれない。
そうすると,本件では第1審被告Y2が,成年後見人に選任されてしかるべき者として,法定の監督義務者に準ずべき者に当たると認められる。

8 次に,第1審被告Y2において,監督義務者としての義務を怠っていなかったかどうかの免責要件について検討するが,この主張,立証責任は,条文の構成からみて被告側が負うこととなる。
この点についても,第1審被告Y2に責任主体性を認めた上,免責を認める岡部裁判官が詳細に検討されており,改めて論ずることは避けるが,第1審被告Y2をはじめ第1審被告ら家族の行ってきた介護,監督の体制は,Aの意思を尊重し,かつ,その心身の状態及び生活の状況に配慮した人的,物的に必要にして十分な介護体制と評価できるところである。そして,このような介護体制の構築等において中心的な立場にあったのが第1審被告Y2であったことは前述のとおりである。
原審は,事務所出入口のセンサー付きチャイムの電源が入れられておらず作動しなかった点を監督体制の不備と指摘するが,元々はこのチャイムは事務所に出入りする客の出入りを把握するためのものであり,この装置の不作動を捉えて介護,監督体制の欠陥とみることは相当でない。
そうすると,Aに対する身上監護事務上の注意義務を怠っていなかったとの第1審被告Y2の立証は尽くされており,第三者との関係においても監督義務を怠っていなかったと認められ,第1審被告Y2は免責されてしかるべきと考えられる。

9 民法714条が,損害賠償の面で,精神上の障害による責任無能力者の保護と,責任無能力者の加害行為による被害者の救済との調整を図る規定であること

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は,上記2のとおりである。高齢者の認知症による責任無能力者の場合については,対被害者との関係でも,損害賠償義務を負う責任主体はなるべく一義的,客観的に決められてしかるべきであり,一方,その責任の範囲については,責任者が法の要請する責任無能力者の意思を尊重し,かつその心身の状態及び生活の状況に配慮した注意義務をもってその責任を果たしていれば,免責の範囲を拡げて適用されてしかるべきであって,そのことを社会も受け入れることによって,調整が図られるべきものと考える。

(裁判長裁判官 岡部喜代子,裁判官 大谷剛彦,裁判官 大橋正春,裁判官 木内道祥,裁判官 山崎敏充)